海外法務に必要なものは圧倒的に英語力のみ?

1. 海外法務の位置づけ

海外法務という業務は恐らく70~80年代、すなわち日本の高度経済成長時代後半~安定成長時代に生まれたものであろう。当時、輸出門切型の商売が花形であり、現在のようにグローバル化が進んだために現地雇用、現地生産が当たり前である時代とは異なった。そのため、日本企業は海外の法律事務所とも直接協議し、日本企業に海外法務の専門家が生まれ始めたのである。ただ、いまでもその傾向があるが、土台が難しいイメージがある法律をしかも英語で扱うのであるから、それはとてつもなく難しい専門的なものであるというイメージが植え付けられていた。その頃より前までは例えば海外の会社と契約を締結したり、海外から訴状が送達された時に、日本の法律事務所を起用し、同事務所が海外の法律事務所と連携しながら対応していくことが常とされていた。これにより、海外の法律や法律の仕組み等全く分からなくても日本語で対応できる便利さがあった。

 

2.私の経験

私はもとよりそもそも法曹界を目指した人間ではなかったし、会社で法務キャリアをスタートさせた時は海外法務からという邪道を歩んできた。当時は米国のロースクールを卒業こそしていたが、法務の実務経験がゼロであり、海外・国内以前に基本的な法務知識ですら怪しいという有様であった。したがって様々な英文契約の基本を習得し、事業部門の人達と一緒に海外との交渉に臨んだ。なんとか英語であれば法律知識に乏しいこともごまかせていたような気がしていたし、実務をやってみて感じたのは法律知識以上にビジネスジャッジメントのセンスが重要なのではないかという奇妙(?)な感触であった。私の乏しい法律知識よりも今の言葉で言えば、契約に関するリーガルマインドや英語の飛び交う交渉の場でのテクニック等がものをいうように思えた。お蔭様でますます本題である法律を地道に学ぶ道から遠のいた。むろんこの結果が正しいことに結び付くわけがない。しかし、その基本をおろそかにしたというダメージは小さくないものの、それから長年を経た現在でもこと海外法務に関してはこの時に感じたことは間違っていなかったと考えている。それは矛盾しているようにも思えるが、「何となく法律から遠くなった」という感触であった。

 

3.判例法の根本的な特性

いうまでもなく、日本の法律は基本的に明治時代に大陸ヨーロッパの法律をベースにした制定法であり、法律毎の条文がしっかり構成されている。むろん実際の裁判事例が条文に忠実な判決となるとは限らないが、少なくても日本の法律のような大陸法系の国の法律は細分化された条文を理解し、運用することで成立している。これに対し、英米を主とする判例法体系の国々では、一部の法律では条文が存在するものの、基本的には判例が前例となってその後の類似の事例の判決を拘束するという判例=条文ともいうべき体系をなしている。今までこのような考え方を聞いたことはないかもしれないが、私がかつて得た「何となく法律から遠くなった」という感触はここに原因があるのではないかと思う。すなわち、日本人である我々にはあくまでも法律とは制定法であり、条文を理解することが法律を学ぶことであり、また法律に接する、運用することであると。したがってそれを業とする法務とはそういった状況の集合体であると。しかし海外法務にしか接触しなければ(それも判例法体系であれば)判例という条文とは非なるものに接し、判事が下す判決も先例の事実関係から派生したものであれば、条文が決めるのではなく、先例(過去の事実)が決めるということになる。こう考えると私が得た感触である「何となく法律から遠くなった」という感触は実は判例法体系では反対に、「法律の核心に近くなっている」ということではなかったのかと思っている。

 

4.法務をやる上での英語力とは?

実用英語の学習を開始してから40年超が経ち、初めて法律英語に触れたときからも30年超を経た。法律が一般的に難しいものであるのだから、法律英語も難しいと考えることは自然ではある。ただ、難しいというよりも法律という一つの専門領域なのでそれに特化した範囲の学習をしなければ身につかないという言い方が正しいと考える。法律英語として学習しなければ、どれほど英語が堪能な人であってもついてゆけないことは自然なことである。英語能力向上のために何をやるべきか等についてはあまりに壮大であり、本題ではないので控えるが、判例法体系の場合、事実の集積、すなわち条文を基に法律と考える世界ではない。従って事実関係を表現する英語力が想像以上にモノをいうことは何となく御理解頂けるのではないかと思う。従って英米法を中心とする判例法体系が海外法務の本質とすれば、実は想像以上に英語力の重要性は大きいと考えている。巷ではこのような理論展開は聞いたことがないが、長年に渡り法務をやってきた私には非常に的を得ていると思える。

 

5.所感と今後の見通し

法務に海外がら入った私を自己弁護する目的は全くないが、通常法務は国内法務から入り、ある程度の期間に渡る英語との接点を経てから海外法務へ入ることが王道であると思われているであろう。しかし、このように実際に国内海外両方の法務に関与した私から見た素直な感想は単に使用言語が日本語と英語という相違であることには程遠く、制定法と判例法の二つの根本的に相違する法体系からなる別々の専門領域であると思える。よく国内法務の担当者が海外法務の担当者のことを意外に何も知らない人々であるがごとくの発言をしている事実に接するが、それはここで述べたことが理由であり、何も知らない訳ではないのである。むろん申し上げるまでもなく、法務としては国内・海外両方のエキスパートとなることが望ましい。どちらも出来て初めて今の時代が求めるグローバル化を習得したことになり、何よりも国内海外法務それぞれがお互いに相乗して理解を助け、大きなシナジー効果を得られる。

多くの会社の法務部門では国内と海外を組織単位で分割して運営している。むろんその方法を否定することはしないが、人材の交流を盛んにし、相互の情報交換はもとより人事的にも相互異動させて広く学んで経験してもらう環境を作るべきであると考える。法務部門に限った話ではないが、どんな職種でも想像以上に国内と海外が分割されており、お互いにすみ分けができていて、近くで遠い存在となっている場合も多い。これは貴重な機会の損失である。更に国内海外法務の横断的展開のみならず、どちらにせよ法務をやってゆくうえでこれからはこの複雑化した変化の早い時代を担うために、関連専門領域の知識がますます必要になってゆくと思われる。例えばM&Aの交渉に法務部員は不可欠であるが、経理のように財務諸表を理解する力も不可欠である。またダンピング訴訟では法令以上に製品の製造原価計算の知識が必要である。こういった関連専門領域もますます複雑化し、広範に渡るようになってきていると私には思える。

 

次回はこの法務をやる上での関連専門領域について述べてみたいと思う。多くの知識が必要になることは大変だが、理解できた時の喜びや面白さは格別であり、法務人材が求める知的刺激を満足させ得るものであると考える。

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

【筆者プロフィール】
丸の内の世捨て人

建設系の会社の法務部門に通算20数年在籍し、国内・海外・各種業法・コンプライアンス関連などほぼ全ての分野に携わった経験を持つ。事業部門経験もあり、法務としてもその重要性を事あるごとに説いている。米国ロースクールへの留学経験もあり、社内外の人脈も広い。

 

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