黒字リストラとコロナリストラ?

1. 事の発端

過日、トヨタの社長と経団連の会長が、「終身雇用はもうできないのではないか?」 という発言を行い、これがネットでユーチューバーに盛んに支持されている。既に30年前から新卒で入社した大卒社員の30%が退職しているという実態が続き、昨今のITベンチャーブームも手伝ってあたかも既存の会社に長期間勤続して終身雇用の恩恵に浸ることはもはや不可能であり、若者はどんどん起業すべきであるという意見が盛んである。まさに時のトレンドであるインフルエンサー達にはまたとない追い風であろう。

終身雇用終焉の可能性やその(非?)合理性には多くの意見があるが、その割にはこの戦後の日本独特の終身雇用を支えてきた礎は、日本の労働法にあったことはあまり議論されていない。法律に詳しい読者のみなさんには明確であることだが、日本では法律上、社員を解雇することは殆ど不可能に等しい。また例えば懲戒解雇や諭旨解雇のような制度は、どこの会社にもあるが実際にその運用を行うことはまずないと言ってよいであろう。

そういった解雇をしてしかるべきような事象が発生しても、事前に本人からの自己都合退職を促すことがほとんどである。むろん現実に資力がなくなった会社が法律ではどうであれ、社員を解雇する状況はある。

今コロナ禍の影響でこのような事態が多く発生し、多くの大企業も影響を及ぼし始めている。そしてネット上ではいくつかの大企業が行っているAIの進化を見込んだ黒字リストラと合わせて時期的にコロナ禍に便乗し、コロナリストラといいうべき事態が真近に迫っているとしている。

 

2.労働法と終身雇用

私が社会人となってからだけでも、円高不況、バブル崩壊、失われた20年、リーマンショック等と何度も不況があり、その都度日本の企業が成果主義に移行するという流れが生じた。しかしながらついに一度として実現したとは言い難い。この話になると日本の雇用を取り巻く文化的な背景が語られ始めることが常であるが、どこの企業も日本の労働法がより整理解雇を容認する内容であればそれを行い、成果主義等新しい制度を取り入れることができたことであろう。

同法では整理解雇のための要件とは4つあり、① 人員整理の必要性、② 解雇回避の努力義務の履行、③ 被解雇者選定の合理性、④ 手続きの妥当性である。一見運用することは困難ではないように思えるが、実際はそうではない。

この4つを説明することはまるでタブーに触れる如きのものであり、誰もが躊躇する内容である。また終身雇用の存在故に労働市場が開放されておらず、どれほど転職が盛んになっても比較的若手の労働力以外には転職市場が確固としているとは言い難い状況がある。

いわばこの4つの要件は終身雇用が運用されるうえでの砦の如きものであり、もっとも厳格な法律面からもそれが裏付けられているといっても過言ではない。

 

3.若手が退職する理由

入社して5年程度までの若手社員が退職することに対して、「根性がない。」、「耐える力がない。」、「今は修行期間だ。」「石の上にも3年だ。」と言うことはたやすい。これらの言葉の後にはもはや説明を要する必要は何もなく、ただひたすら与えられたところで黙々とやれということのみである。これらの発言者の主張は、典型的なオールドエコノミーの大企業に定年後までも勤務している私には痛いほど理解できる。

しかしながらこのような対処の仕方は何ら事態の改善に結び付くことはなく、多くの若手が言う「やりたいことと違う。」というミスマッチの問題に対して何ら理解をしていない(むろん、やりたいことなどとふざけるな。世の中は厳しいのだという中高年の怒りが聞こえてきそうだが)。

これらの現象も間違いなく終身雇用が生じさせているものであり、何十年も同じ会社に居る前提があるために徒弟制度的な面も生じ、独り立ちするまで何年もかかる仕組みに結び付く。退職する若手社員が望んでいる裁量権は大企業であればおおよそ課長程度になるまでは付与されないのが普通であり、その立場になるためにはたとえどれほど優秀であっても入社後10年以上はかかる。これでは待っていられないと思われても仕方がないと言えるほどの長さである。このような現象がある以上、そこに至る過程にある比較的若手社員からは、社内で「働かないおじさん」と言われる中間管理職以上の生産性の低い社員をどういう目で見るであろうか。

現在の労働関連法を全て解雇を容易にする方向に改正すべきであるという主張もある。おそらくは法がそういった形で整備されなければ真の意味での成果主義はこないであろう。成果主義は雇用の安定性を担保する法律と一体であり、成果主義単独で機能するものではない。どれほど成果を挙げなくても結局は解雇されることはないとなれば、その効果は決して現れることはないと考えられる。

どこの国でも同じかもしれないが日本では兎に角、法律とは別に不文律とも呼ぶべき慣例が幅を利かせており、現在のコロナ禍中において規制により大いなる損害を受ける飲食サービス業者に対する政府や自治体の対応を見ても明確な通り、ある意味で失業もしくはそれに近い状態を生じることはタブーであり、公権力がそのような方向性に舵を切ることは断じてならないという雰囲気がある。

事象だけを執ってみれば「雇用が安定している」といえるが、さきほど述べた若手が入社後に感じるものとは別のミスマッチが生じており、恐らく日本人であればそれは日本企業である以上どこの企業でもいたるところに見られる現象として疑わないであろう。

 

4.テレワークリストラ?

現在コロナ禍は収束のきざしを全く見せず、今後さらなる感染拡大となることは疑いの余地がない。恐らくこのコロナ禍がなければ、この時期にこれほど世界的にテレワークが拡大することはなかったであろう。

たまたま偶然の結果とはいえ、いつかコロナ禍が去った後もテレワークは制度として社会に定着することは、欧州の一部等で既にテレワークに関する法制化が進められていることからも間違いはないと思われる。

そうなればAIやRPAの普及と合わせて人材の選別化、スリム化には拍車がかかるであろう。そもそもネット社会となってから普通にオフィスに出勤するリアルワークでも庶務的なことはかなり上位の管理職まで全て自身でPCを操作して行うことが当然となっており、庶務は激減している。

先日休日に喫茶店でコーヒー片手に本を読んでいた時、独身同士と思われる男女のカップルが近くの席に座って会話をはじめていた。どうも男性は最近転職したらしく、新会社の様子を女性に話していたが、「日本の会社は役に立たないおじさんが蔓延している。」という話題を出していた。それでもそういった人たちは、現在はどうあれ過去には他人に誇るような武勇伝を語れるほど会社に貢献した人たちであるが故に、若手社員が下手に出る対応しかできないであろう。尤もそれらは現在の若手社員が知らないような過去の話であり、現在、そして今後も会社から見てそれらの「おじさん」の費用対効果はお寒い限りであろう。

したがってテレワークを法制化する場合、ジョブ型やメンバーシップ型の雇用との関連性を明確化する必要があり、テレワークが現在の雇用の問題点をいくばくかなりとも解決する方向に進むものであるべきである。

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

【筆者プロフィール】
丸の内の世捨て人

建設系の会社の法務部門に通算20数年在籍し、国内・海外・各種業法・コンプライアンス関連などほぼ全ての分野に携わった経験を持つ。事業部門経験もあり、法務としてもその重要性を事あるごとに説いている。米国ロースクールへの留学経験もあり、社内外の人脈も広い。

 

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