Q&Aで学ぶ英文契約書の基礎 第22回 -  新型コロナウィルス感染蔓延とM&A契約におけるMAC条項  

 

合併、株式譲渡または事業譲渡(以下「買収」と総称する)の契約には、契約締結後、クロージング(各種手続を経て最終的に買収を完了させる手続)までの間に買収対象会社に重大な悪影響が及ぶ変化(MAC)が生じた場合には買収側が取引から離脱できる旨の条項(「MAC条項」)が規定されていることが一般的です。

今回は、新型コロナウィルス感染蔓延に関連してこのMAC条項について解説します。[1]

 

Q1: MAC条項とはどのようなものですか?

A1: Material Adverse Change (MAC)条項は、Material Adverse Effect(MAE)条項とも呼ばれ、買収契約締結後クロージングまでの間に発生するリスク(例:買収対象会社の経営状態悪化)を契約当事者(以下「売り手」・「買い手」という)間で分担するためのものであり、現在では、多くのM&A契約に規定されています。

【解 説】

2001年の9.11テロ事件以降、買収対象会社(以下単に「対象会社」という)の資産、経営状態等に問題が発生した場合に買い手が違約金支払・損害賠償等を行うことなく取引から離脱できる権利を確保する必要があるとの認識が広がりました。MAC/MAE(以下「MAC」と総称)条項はこのための規定として9.11テロ事件以降一般的になりました

MACは、買収契約において主に以下のように使われ、MACが発生した場合買い手は取引から離脱できます

MACの不発生をクロージングの条件とする

MACの不発生を売り手が表明保証する。ここで「表明保証」(representations and warranties)とは、売り手が一定時点(通常は契約時とクロージング時)における財務状況その他一定事実の真実性・正確性・存在・不存在等を買い手に対し表明し保証するもの。表明保証の違反が発生した場合、買い手は契約解除・支払拒否・補償請求等が可能

 

Q2: MACの具体的内容は契約上どのように規定されるのですか?

A2: 以下に一般的な「MAC」の定義の例を示します。(一文ですが非常に長いので、理解しやすいよう、適宜、①等の番号を付けた上で文を分け、また、箇条書きにして上、訳しました。また、重要部分を太字にしました)

 

① “Material Adverse Effect” means any event, occurrence, fact, condition or change that is materially adverse to (a) the business, results of operations, condition (financial or otherwise) or assets of the Company or (b) the ability of the Company to consummate the transactions contemplated hereby;

「重大な悪影響」とは、(a) 対象会社の事業、経営成績、財務その他の状況もしくは資産、または、(b) 対象会社が本件取引を遂行する能力に対し、重大な悪影響を与える(materially adverse)事由、事態、事実、状況または変化を意味する

provided, however, that “Material Adverse Effect” shall not include any event, occurrence, fact, condition or change, directly or indirectly, arising out of or attributable to:

但し、「重大な悪影響」には、以下のいずれかから直接的または間接的に生じた(またはこれらに起因する)事由、事態、事実、状況または変化は含まれない

(i) general economic or political conditions;

(i)経済もしくは政治全体の状況

(ii) conditions generally affecting the industries in which the Company operates;

(ii)対象会社が属する業界全体に影響がある状況

(iii) any changes in financial or securities markets in general;

(iii)金融または証券市場全体の変化

(iv) acts of war (whether or not declared), armed hostilities or terrorism, or the escalation or worsening thereof;

(iv)戦争(宣戦布告の有無を問わない)、武力衝突、テロまたは、これらの拡大もしくは悪化

(v) any changes in applicable Laws or accounting rules, including GAAP; or

(v)適用のある法令等または会計基準(GAAP:一般に公正妥当と認められた会計原則を含む)の改訂

(vi) the public announcement, pendency or completion of the transactions contemplated by this Agreement;

(vi)本件取引の公表、停止または完了

provided further, however, that any event, occurrence, fact, condition or change referred to in clauses (i) through (v) immediately above shall be taken into account in determining whether a Material Adverse Effect has occurred or could reasonably be expected to occur to the extent that such event, occurrence, fact, condition or change has a disproportionate effect on the Company compared to other participants in the industries in which the Company operates.

しかし、前記(i)~(iv)に定める事由、事態、事実、状況または変化は、当該事由等が、対象会社に対し、同じ業界に属する他社に比較し不釣り合いな程重大な(disproportionate)悪影響を与えた場合には、「重大な悪影響」が生じたか(または生じることが合理的に予期されるか)否かを判断する上で考慮されなければならない

【解 説】

MACの定義に関し最も激しい契約交渉が行われるのは、上記①の原則よりも上記②のMAC事由の例外となる事由(カーブアウト:carve-out qualifiers)であると言われます。

②の例のように、経済や業界全体に悪影響が及ぶ事由(例:経済または業界全体の不況)は、原則として「重大な悪影響」とはみなされないものとされることが多いと言われます。

一方、③の例のように経済等の全体の悪化であっても同業他社に比べ対象企業だけに不釣り合いな程に(disproportionate:不均等に)影響が大きい場合は、MAC事由の例外の例外とされることが一般的です。すなわち、そのことは、①の原則により「重大な悪影響」が生じたか否かを判断する上での判断要素となります。

この背景として、一旦、買収契約を締結した以上、それ以後に生じたリスクは原則として買い手が負うが、対象企業だけに特有のリスクは売り手が負うというリスク分担(allocation of risk)の考え方があります。

【上記定義例における新型コロナウィルス蔓延の扱い】

次のように考えられます。

(i) それにより経済全体が変化(悪化)している。

(ii) しかし、上記定義例では、②のカーブアウト事由として” pandemics(全国・全世界的疫病), epidemics(疫病)”等が挙げられていないので、直ちに「重大な悪影響」から除外される(買い手は契約解除等できない)わけではない。

(iii)結局、③が適用され、新型コロナウィルス蔓延により同業他社に比べ対象企業だけに不釣り合いに大きな悪化が生じた場合に、①の「重大な悪影響」に該当する(買い手は契約解除等できる)可能性がある(但し更に相当長期間の悪化継続性が必要とされる可能性がある:A3参照)。

しかし、以上は、あくまでも上記条文例の場合に当てはまることです。具体的買収契約については、その契約にMACがどのように定義(カーブアウトを含む)されているか、他に(買い手にとり)適用可能な規定(例:誓約条項[2])はないか等を検討しなければなりません。また、MAC条項は、実際に裁判で争われるよりも買収条件変更(例:買収価格減額)の交渉材料として使われる場合も多いようです。

 

Q3: MAC条項について判例はどうなっていますか?

A3: 米国の判例では、一般的に、MAC(「重大な悪影響」)の認定および買い手の離脱許容に対し厳しい立場がとられています。

【解 説】

実際、以下の判決までは、米国判例上、MACがあったと認定し買い手が買収を拒否することを認めた判決はなかったとされています。また、以下の判決でもMAC成立になお厳格な立場がとられています。

【Akorn v. Fresenius判決(2018年) 】 [3](Akorn社が対象会社)

(判決要旨) 「重大な悪影響」の「重大性(Materiality)」は、買収対象会社の全体的な収益可能性に相当長期間(数カ月ではなく数年)重大な悪影響を及ぼす(substantially threaten the overall earnings potential of the target in a durationally-significant manner)ものでなければならない。本件ではこれを踏まえた上で「重大性」を認定。

 

Q4:新型コロナウィルス蔓延のような事態は不可抗力条項では当事者の義務の免除理由になり得るのに、MAC条項では当事者(買い手)の義務が免除されない可能性が高いのは何故ですか?

A4: 不可抗力条項で問題となる義務は商品の引渡し等物理的な履行を伴う義務であるのに対し、買収等M&Aで問題となる買い手の義務は買収代金支払い等通常物理的な履行を伴わない義務だからだと思われます。

【解 説】

不可抗力条項においても、一般的に支払債務(金銭債務)は不可抗力免責の対象外とされます(本Q&A第20回A1参照)。これは不可抗力事由が発生しても通常金銭債務の履行に重大な障害とならないと考えられるからです。

買収等M&Aで問題となる買い手のクロージング(買収完了)に係る義務は、主に買収代金の支払いや手続的なことです。従って、新型コロナウィルスが蔓延しても、支払等の義務が物理的に履行できなくなるわけではなく、むしろ、それにより生じるリスクは、経済または業界全体に悪影響を与えるものであって、一般的な買収契約では、その締結時点で売り手から買い手に移転された筈であると考えられているのだと思われます。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第22回はここまでです。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧

 [4]

              

【注】

[1] 【MAC条項に関する参照資料】 (1) 井垣太介「MAC条項について(その1)」、「MAC条項について(その2)」、「MAC条項について(その3)」。(2)モンローシェリダン・リード 「英文契約書作成のポイント:M&A取引におけるMAC条項(Material Adverse Change条項)の役割その1」 2017年3月28日。(3) モンローシェリダン・リード「英文契約書作成のポイント:M&A取引におけるMAC条項(Material Adverse Change条項)の役割その2」 2017年4月17日。(4) 関本正樹 「米国の裁判例から考えるM&A取引契約におけるMAC(MAE)条項と誓約条項」 NO&T U.S. Law Update 第18号(2015年6月), 長島・大野・常松法律事務所。(5) Karyn Koiffman ”Considering MAE Provisions in M&A Agreements in Light of Coronavirus” March 30, 2020, JD Supra. (6) Vinson & Elkins LLP “Does the COVID-19 Outbreak Constitute a Material Adverse Effect” March 12, 2020

[2] 【誓約条項】 誓約条項(covenants)は、将来にわたる義務を規定するもの表明保証は特定時点の事実関係に関するもの)。例えば、Cooper事件判決(2014年)(注1-(4)関本で紹介)では、買収公表後に生じた、対象会社(Cooper)の合弁子会社の合弁パートナーの反対および同合弁子会社従業員のストライキが、以下の誓約事項①およびMAC(b)に該当し、買い手は売り手(Cooper)に対し、買収不履行による違約金(リバース・ターミネーション・フィー)を支払う義務はないと認定された。

(誓約事項)買い手による買収実行はクロージング日まで以下が遵守されることを条件とする。

①過去と同範囲で、対象会社が自社および子会社の事業活動を継続しおよび継続させること

②重要なビジネス上の関係を有する者との関係を維持するよう合理的な努力を行うこと。

(MAC条項) 買い手による買収実行は以下の事由(MAC)が生じないことを条件とする。

(a) 対象会社およびその子会社の事業等に重大な悪影響を及ぼす事由但し合併公表等に起因するもの(従業員、合弁パートナー等との関係に関し生じた悪影響を含む)は除く

(b) 本合弁契約上の対象会社による義務履行を妨げまたは著しく遅延・棄損させる事由

[3]Akorn v. Fresenius判決】 No. 2018-0300-JTL, 2018 WL 4719347

(重大性の認定要件・方法)

①短期的な収益低下では不十分。合理的な買収者にとり長期的観点から見て重大であることが必要。

②対象会社収益性にとり重要な事業に悪影響が相当期間(数カ月ではなく数年と考えられる)継続したことが必要。

③重大性は対象会社の業績を前年同一四半期と比較し判断。

(本件での認定) 主に以下から「重大性」認定。

①四半期業績等の前年比:売上25~34%減、営業利益84~292%減、一株当たり純利益96~300%減

②裁判時点で既に業績悪化が1年間継続。回復兆候なし。将来的にも悪化予想。

③対象会社企業価値評価(DCF法)が大幅悪化(契約時1株$32.13⇒裁判時$5~$12)

[4]

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【免責条項】

本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては、自己責任の下、必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】

浅井 敏雄 (あさい としお)

企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事

1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】

https://www.theunilaw2.com/

 

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