同一労働同一賃金の不明確さ

法令ができた経緯

2020年4月に同一労働同一賃金の導入という、企業におけるいわゆる正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消を目指すため「パートタイム・有期雇用労働法」が施行された(中小企業は2021年4月より施行)。

厚生労働省がガイドラインを発表し具体的な内容を示しているが、広い社会の流れの中で位置づければ、90年代以降に長引く経済停滞時より多くの企業が採用した非正規社員と言われるパートタイム、派遣労働者等といわゆる正社員との間の賃金はもとより、福利厚生や教育研修の機会など雇用によって付与される内容は同一労働であれば同一でなければならず、もし相違があるとすれば各々の実態に応じた適切な相違でなければならないとするものである。

よく、ネット等で出てくる「派遣労働者が正社員以上にきつい仕事をやっているのに正社員との待遇差はあまりあるような実態」といった有期雇用(パート、派遣、嘱託等期間の定めを設けた雇用形態をとる社員)と無期雇用(いわゆる正社員)との間の待遇差を解消することが目的で施行されたものである。理論のみの上ではこの立法趣旨が間違っているということを主張する者はいないであろう。

 

なぜこのような法律が施行されたのか?

上記で述べた通り、そもそも非正規労働者が生産年齢人口(15歳~64歳)のかなりを占めるようになり、その待遇差が正規社員と相当大きなものであることが問題視されるようになった経緯とは、とりあえず90年代初頭のバブル経済崩壊以降に企業が存続のための人件費抑制の恰好な手段として、それまで正規労働者が行ってきた仕事を賃金等のコストが安い非正規労働者にやらせることを積極的に推進し、それが大勢的な傾向となり、やがて膨大な人数となりその待遇格差についての不満が表立って噴出してきたことによる。

ドラマや小説でも派遣社員等の非正規労働者を題材としたものも出て、正社員との相違が様々な点で社会的な物議をかもしだした。数年前に改正された労働者派遣法でも派遣社員(非正規労働者)と正社員(正規労働者)との待遇格差解消を目指した方向性が大きく反映されていたことも、本法と大いに関係があると考えられる。

 

現実的な実行性は?

人件費削減のために始まった非正規労働者を正規労働者と仕事の内容が相違ない限り同一待遇にせよというこの法令施行は、すなわち本来企業が非正規労働者を雇用した目的と真向から相反するものであり、多くの企業が遵守できるかどうか大いなる疑問である。

国民の基本的な人権の一つとも言える労働に関し、被雇用者を守るための労働関連法令の重要さは言うまでもないとしても、現実の世の中では総じて雇用者と被雇用者の立場の強さを比較すれば雇用者の方が強いのであり、いくら法令で規制しても最終的に損害を被るのは被雇用者であるという事実が圧倒的に多い。

本年6月よりパワハラ防止法(略称)が施行されるが、私はいつもパワハラを含めたセクハラ等のハラスメントの教育ビデオや研修等の教科媒体について大いなる疑問を持っていた。その理由はそれらの内容が例示するハラスメント行為がお決まりのワンパターンであることがあまりにも多かったからだ。

“社内で部下を大声で怒鳴り散らす上司”や“宴会の帰りに女子社員を強引に誘う男性上司”等、だれが見てもこのようなことはハラスメントに該当すると容易に理解できることばかりであったのだ。私が知りたいのはそのような誰しもが知っている行動類型を示されることではなく、ハラスメントとなる行為とそうではない行為との境界線がどこにあるのかである。それを知ることがハラスメントと疑われる行為を絶対にしないためには一番重要なことであると考えていた。その考えは今でも変わらないが、最近ようやくそのような誰もが知っている筈の行動類型ばかりが依然として多く例示される理由が理解できてきたのである。あくまでも私の考えであるが、すなわち依然として現実にはそういった誰もが知っている行動類型とされる事実が多い、つまり教科書的な誰が見てもハラスメントであると容易に感知できる行為が依然として蔓延しているということである。

非正規労働者と正規労働者が同一内容と判断される労働に従事していた場合、それに待遇差を設けることもハラスメントの一種であると思うが、自社で雇用している全ての非正規労働者を正規労働者に変更し、その人件費等の増加分を負担できる企業は、来年より本法が適用される中小企業では極めて過少ではないかと考えられ、本法の適用を逃れるため、既に一部の報道では派遣社員の雇止め等の事例が生じている。

そもそも同一労働とはいっても現実には判断が困難な場合も多く、失礼な言い方を許してもらえば、単純労働でもない限りまずありえないと思う。また同一労働とみなされても年次や役職が異なる複数の社員が従事していた場合、これらを包括的に同一賃金で処遇することが果たして公平性を満たしていると言えるのか?そのあたりについて本法は何も説明がない。また複数の社員の個人個人がそれぞれ異なる待遇に事前合意している場合等の扱いや、同一労働と判断すべき業務内容となるかどうかを判断するためには実際に実施してみないとわからない場合の判断等、更に社会の高齢化に伴って社会問題にもなっている“人生100年時代”の結果としてのシニアの増加とその活性化問題がある。役職定年とか再雇用として定年到達をきっかけに従来よりはるかに安い給料で、ベテラン向きの仕事をしている人たちが忘れられている。本法はシニアの人達を除外する正当な理由は何もない。今後の課題は非常に多いと考えられる。

 

テレワークとの関連

現在、新型コロナ感染拡大防止のため、従来にない規模でテレワークが普及している。テレワークとは実態的にどうあれリアルワーク(ここでは従来の出勤して行う業務を言う)となんら待遇面で差別されるべきではないし、今回の普及により今後新型コロナ感染が終息した後も不可逆的な働き方改革の一環として確立した働き方となると思われる。

しかしながら、これはあくまでもテレワークによる遂行が可能な業務に従事している社員に関することであり、世の中には多くの小売業やサービス業その他その業務の性質から考えてテレワークが不可能である業界も多いことが事実である。
これらのテレワーク不可業種とでも呼ぶべき業態においてはリアルワークのみの基準で同一労働かどうかの判断を行えばよいのだが、テレワーク可能な業務についてはどうするのか?

確かに理論上リアルワークとテレワークの違いはないことになっていてもテレワークにより、通勤を回避できたり社内での日々の色々な営みから解放されている状態は全く判断しないのかということになる。むろんテレワークの方が不自由や負担を強いられる面もあることは確かであるが、同一労働という基準で判断する場合、テレワーク(これが強制なのかオプションなのかにもよる)をリアルワークと全く同一と片付けていいものであるとは考えにくい。

この点においてテレワークとリアルワークの同一労働性について各社毎にしっかりと整理し、公正なルールを設けることが重要であると考える。

 

今後の懸念

働き方改革はこれからもどんどん進行し、新しい形態の働き方とそれを可能とするツールが今後継続的に世に出されるであろう。しかし世の常として一旦大衆的な制度として確立したものはなかなか改定してゆくことは困難である。同一労働同一賃金も本来はそうであっても、今日の複雑化した社会で業態毎に多数に細分化された職種に対して普及させるのは容易なことではない。また小規模企業等といった資金面の問題で多くの困難を抱えている会社も多い。今後多くの判例が積み重なってゆくことになると思うが、現行の各種法令との整合性もまだほとんど議論されておらず、課題は多い。

そもそも同一労働同一賃金がスムーズに実現できるような十分な資金を保有しているところは企業社会を全体から見ればさほど多くないように思えるのだが…。

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

【筆者プロフィール】
丸の内の世捨て人

建設系の会社の法務部門に通算20数年在籍し、国内・海外・各種業法・コンプライアンス関連などほぼ全ての分野に携わった経験を持つ。事業部門経験もあり、法務としてもその重要性を事あるごとに説いている。米国ロースクールへの留学経験もあり、社内外の人脈も広い。

 

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