Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(19) -  権利不放棄条項と分離条項

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この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第19回では、権利不放棄(No Waiver)条項と分離(Severability)条項について解説します。

 

Q1:権利不放棄条項とはどのようなものですか?

A1:  以下に権利不放棄(No Waiver)条項の例文を示します。[1]

 

①No failure or delay of either Party to enforce or require strict compliance with any provision of this Agreement shall in no way be construed as a waiver of such provision nor in any way be construed to affect the right of such Party to thereafter enforce that or any other provision of this Agreement.

いずれかの当事者が本契約の規定の厳格な遵守を強制または要求せず(failure)またはその強制・要求を遅延したとしても、そのことは、如何なる意味においても、当該規定の放棄と解釈してはならず、また、当該当事者が将来当該規定または本契約の他の規定の遵守を強制する権利に何ら影響を及ぼすものではない。

②The waiver by either Party of a breach of any provision contained herein shall be expressly made in writing and shall in no way be construed as a waiver of any subsequent breach of such provision or the waiver of the provision itself.

本契約の規定の違反に対する権利放棄は、書面で明示的になされなければならず、いかなる意味においても、当該規定の将来の違反に関する権利放棄または当該規定自体の放棄とみなされてはならない。

【規定の具体的意味】

①:当事者の一方が、相手方の契約違反に対し、(i) 今回だけは見逃してあげようと考えて履行・損害賠償請求、解除等の権利を行使しなかった場合、(ii) 一部のみの履行を受け入れた場合、(iii) しばらく履行請求等を控えていた場合等であっても、当該規定に基づく権利を放棄するものとみなされてはならない。また、その当事者が将来翻意等してその権利を行使しまたは他の規定に基づく権利を行使することを何ら妨げるものではない。

②:仮に、相手方の違反に対する責任を免除する場合でも、その免責行為は、書面により明確な文言で行わなければならない(すなわち、口頭の免責または曖昧な文言は無効とする)。また、免責した場合であっても、そのことは、相手方が将来違反を繰り返した場合に権利を行使しないことまたはその規定自体の放棄を意味しない。

【規定の背景と趣旨】

英米法においては、当事者が相手方の違反に対し契約上の権利、例えば、履行請求、損害賠償請求または契約解除の権利を行使しなかった場合やその行使を長く控えていた場合、その権利を放棄したものとみなされる場合があります

その根拠の一つとしては、禁反言、すなわち、自己が以前にした主張や行為を相手方が信頼しそれを前提として行動した場合、もはや、その信頼に反する主張をすることはできないという原則(第3回参照)があります。他に、例えば、相手方の契約違反に対し契約解除できたにもかかわらず、商品・サービスの提供、代金支払等、契約解除されていれば消滅した筈の義務を履行した場合、その当事者は、そのことによって権利不行使を「選択」したものとみなされる場合もあります(「選択による権利放棄(Waiver by Election)」 )。後者の場合、禁反言とは異なり相手方の信頼は不要とされます。

権利不放棄(No Waiver)条項の趣旨はこのような主張・解釈を防止することです。特に継続的な取引関係、例えば、リース契約、フランチャイズ契約、物品供給契約等で規定する意義が大きいと言えます。

但し、この条項を置いたとしても、時効、除斥期間等の強行法規の適用に何ら影響を与えるものではありません。また、事実関係によってはこの条項が無視される場合もあります。

【日本法が準拠法の場合の規定の意味】 

日本法上は、契約上の権利を行使しなかった場合やその行使を長く控えていた場合、その権利が放棄されたとみなされるという考え方はありません。但し、このような場合に、以下の原則から、解約権等、権利行使の法的効果が認められない場合はあると思われます[2]

(1) 信義則: 民法第1条第2項 「権利の行使…は、信義に従い誠実に行わなければならない」。当事者は、具体的事情における相手方の正当な期待を裏切らないよう行動しなければならない。

(2) 権利濫用禁止: 民法第1条第3項 「権利の濫用は、これを許さない」。権利行使が社会観念上正当とされる範囲を逸脱する場合はその権利行使を認めない。

そして、このような場合に、裁判所が上記信義則または権利濫用禁止の原則を適用するか否かを判断する際、権利不行使条項の存在を、契約が英文の国際契約であることも含め考慮する可能性はあると思われます。但し、英米法が準拠法の場合と比較し、日本法上は元々権利放棄のような概念がないので、その可能性の程度はより低いと思われます。

 

Q2:分離条項とはどのようなものですか?[3]

A2: 以下に分離(可能)条項(Severability Clause)の例を示します。

 

If any provision of this Agreement is held invalid or unenforceable, such invalidity or unenforceability shall not render the entire Agreement invalid.

本契約のいずれかの条項が無効(invalid)または法的強制不能(unenforceable)と判断された場合でも、かかる無効または強制不能は、本契約全体を無効にする(render …. invalid)ものではない。

Rather, this Agreement shall be construed as if not containing the particular invalid or unenforceable provision, and the rights and obligations of each Party shall be construed and enforced accordingly.

本契約は、当該無効または強制不能条項を含まないものと仮定して(as if)解釈されるものとし、各当事者の権利および義務は、かかる仮定を前提として(accordingly)解釈されかつ執行されなければならない。

【規定の趣旨】

英米法においては、裁判所は、契約の一部(例:競業避止義務条項)が法律、Public Policy(公益・公序良俗)に反し違法、無効または法的強制力がない(unenforceable)と認定した場合、他の条項を次のように取扱うという分離可能性(Severability)の原則があります。

(a) 原則として、その部分を契約から分離し(sever)これを削除(または適法となるよう修正)した上解釈し、他の部分はそのまま有効とする。

(b) 但し、以下のいずれかの場合はその条項または契約の全体を無効または法的強制不能とする。

(i) その部分がその条項または契約の不可欠または本質的な部分でありそれを削除・修正することがその条項を設けた意味または契約を締結した意味がなくなる場合

(ii) 法目的、Public Policyの観点等から当該条項または契約の有効性、強制可能性を認めるべきではない場合

分離(可能)条項(Severability Clause)は、この分離可能性原則の適用を受けようという当事者の意思を表明した条項と言えます。

【このような契約の一部無効等がよく問題となる条項の例】 以下の事項に関する条項があります。

(例)競業禁止(Non-competition)、補償(Indemnification)、金利、免責(Releases, Limitation of Liability, No Warranty, Disclaimers等)、損害賠償の予定(Liquidated Damages)、違約金(Penalty)、その他不公正(Unfair)、非良心的(Unconscionable)等とみなされ得る条項

【具体的な分離の例】 競業避止義務の対象地域として国内だけでなく外国の名称も列挙されている場合に、その外国を除いて考えれば適法となる場合にその外国を削除して解釈する。

【分離条項の限界】 契約自由の観点から裁判所は分離条項で表明された当事者の意思を尊重すると思われますが、特に上記(b)のような場合や単なる削除(上記の外国部分削除の例)で済まず修正を必要とするような場合には、裁判所は必ずしも当事者の意思に拘束されるわけではありません。

分離条項と同様の目的の表現】 以下のような表現[4]も、分離条項と同様の目的で用いられる場合があります。

 

Disclaimers.

保証の否認

… EXCEPT TO THE EXTENT PROHIBITED BY LAW, …. MAKE NO ….. WARRANTIES OF ANY KIND….

法律により禁止される場合….を除き、いかなる種類の…保証も…しない。

 

【日本法が準拠法の場合の規定の意味】 

日本法上は、「契約の一部無効」の問題となります。

先ず、利息制限法の制限を超える利息は無効とするというような明文の規定がある場合はその規定に従います(その額以下は原則有効)。

そのような明文の規定がない場合でも、一般に、契約の一部が公序良俗または強行規定に違反する場合は、その違反の程度に応じ、契約の一部または全部が無効となると解されています。そして、その際、裁判所が分離条項の存在を、契約が英文の国際契約であることも含め考慮する可能性はあると思われます。但し、日本法では元々英米法の分離可能性のような概念がないのでその可能性の程度はより低いと思われます。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第19回はここまでです。次回は、当事者間の関係(Relationship of the Parties)等について解説します。

 

Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧

                 .                  

【注

[1] 【権利放棄に関し参考とした主な資料】

(a) Eversheds Sutherland (International) LLP – Amrik Kandola ”Losing your rights from under your nose!” August 18, 2016, Lexology

(b) 浜辺 陽一郎 「ロースクール実務家教授による英文国際取引契約書の書き方―世界に通用する契約書の分析と検討 第1巻(第3版」アイエルエス出版、2012年 p142~157

(c) 田澤元章「いわゆるボイラープレート(“BP”)条項の研究⑩~No waiver clause(権利不放棄条項)」国際商事法務(2020年2号)Vol.48, No.2 p205~210

[2] 【信義則および権利濫用禁止に関する参考資料】 みずほ中央法律事務所 「信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別

[3] 【分離(可能)条項に関し参考とした主な資料】

(a) Chadbourne & Parke LLP – William Greason and Joseph B. Ramadei ”Boilerplate matters: severability clauses” May 29 2012, Lexology

(b) 小野木尚「いわゆるボイラープレート(“BP”)条項の研究⑦~分離条項(Severability Clause)」国際商事法務(2019年11号)Vol.47, No.11 p1390~1397

[4] 【分離条項と同様の目的の表現】 Amazonの子会社によるクラウドサービスの規約 “AWS Customer Agreement” (10)からの抜粋。Webサイトのページの最下部で「English」を選択すると英語原文が表示される。

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【免責条項】 

本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては、自己責任の下、必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) このシリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

【筆者プロフィール】

浅井 敏雄 (あさい としお)

企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表

1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】

https://www.theunilaw2.com/

 

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