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先人のやり方の踏襲・模倣・集積により帰納的に語られがちな『法務』。それゆえに、『法務』という概念は、多くの法務担当者の中で、どこか場当たり的で統一性がなく、全体像の見えない混沌とした概念になってしまっています。 【過去記事】 |
前回までは、『法務』の全体像をとらえるべく、法務業務を(1) 権利義務の取捨選択、(2) 義務履行の管理、(3) 権利行使の管理という3つの類型に分類し、各類型ごとの解説を行って来ました。
ここからは、それらの理解を前提に、契約法務、法律相談、コンプライアンス対応といった個別の業務の“あるべき姿”について考えて行こうと思います。
手始めに、今回は、「契約法務のあるべき姿」について考えて行きます。
『机上で論ずる企業法務』の第4回でも触れましたが、契約法務は、『権利義務の取捨選択』という側面を強く持っています。
会社はヒトモノカネ情報等の経営リソースにまつわる権利義務で構成されていますが、それらの権利義務は契約を通じて新規に取得されることが多いと思います。
その意味で、契約法務は、権利義務の新規取得の場面で、会社として「取得すべき権利」、「回避すべき義務」、「甘受すべき義務」を厳密に精査する業務と言えます。
契約法務は契約書のレビューとドラフト(審査と作成)の2種類に分類されますが、いずれを行うにせよ、適切な契約モデルが必要となります。
ここでいう契約モデルとは、特殊事情のない標準的な取引を想定したときに、「取得すべき権利」、「回避すべき義務」、「甘受すべき義務」を具体化した取引モデルを指します(契約モデルを言語化し、条文という形式で文書化したものが契約書雛形になります)。
こうした契約モデルを用意しておくことで、立ち返るべきライン、目指すべきラインが明確になり、権利義務の取捨選択の判断をスムーズに進めることが出来ます。
1.契約モデルの策定
では、契約モデルは、どのような手順で策定すればよいのでしょうか。
まずは、➊会社として「どのような権利を取得すべきか」を把握するところから始めるべきだと思います。
そのためには、対象となる取引が事業全体においてどのような位置づけにあるか、何を目的にそういった取引を行うのか、それがどれくらい重要なのか等を念頭に入れながら、当該目的達成のために必要な権利は何か、リスクヘッジのために取得しておいた方がよい権利は何か等を検討する必要があります。
検討にあたっては、ビジネスに対する当事者意識が高く、過去のトラブル事例についても精通している“事業部の担当者”との対話から得られるものは多いと思いますし、また、同種の取引における他社の雛形や弁護士等の解説本・解説サイト、関連判例などに目を通すことも、「~な状況に備えて、~の権利も取得しておくべきだ」という気づきが得られる点で有益だと思います。
そうして、会社として取得したい権利を把握した後は、今度はそれらの➋権利の取得が法令等(独禁法、下請法etc.)に違反しないかを検討しなければなりません。たまに、全く予期しないものが法令違反を構成するケースがありますので、慎重な精査が必要です。
そして、法的にアウトな権利を排除した後は、今度は、➌契約締結の効率性についても検討する必要があります。
実際、自社が欲しい権利を書き連ね、負いたくない義務については一切記載しないといった自社に都合のいい契約書雛形を作れば作るほど、相手方に修正を入れられる頻度が高まり、それにより、相手方からの修正案に対応するタスクが降りかかることになります。
こうした事態は、法務担当者の負担が増すという点でもデメリットになりますし、契約締結が逐一遅れることで、会社としてビジネスチャンスを失うリスクにも繋がりかねません。そのため、「会社として取得したい権利」と「契約締結の効率性」のバランスを取りながら、取得する権利の内容、負う義務の内容を調整し、落としどころを探る必要があります。
正直、簡単ではありませんが、事業部の担当者と対話した上で、取引を行う相手方との力関係はどのようなものになるのか、過去に同種の提案を行ったときの取引先各社の反応等についてヒアリングし、それに加えて、同種の取引の際にどのような権利を取得し、どのような義務を負うのが一般的なのかというラインを他社の雛形や弁護士等の解説本・解説サイトなどを元に見極めることで、おおよそのバランスが取れるのではないかと考えています。
こうした過程を経て、「取得する権利」、「甘受する義務」について標準化した契約モデルを定めてしまえば、後は、それを解釈の余地のない文言で言語化して契約書雛形を作るだけになります。ここまでの一連の流れが『契約書ドラフト(作成)』ということになります。
2.契約書の審査
皆様ご存知のように、契約書の審査には、自社雛形への修正に対応するパターンと、相手方雛形をこちらで検討するパターンの2種類があります。そして、そのいずれの場合においても、第一に念頭に置くべきは、「取得する権利」、「甘受する義務」について標準化した自社の契約モデルになります。
(1)相手方の契約モデルの把握
まずは、相手方の雛形や修正案を飲んだときに、自社としてどのような権利を得て、どのような義務を負うことになるのか、いわば、「相手方の契約モデル」を把握することが契約書審査の第一歩となります。基本的には、条文を国語として読むだけで、それらを容易に把握することが出来ると思いますが、一点だけ注意しなくてはならないのが、契約書を構成する特定の項目について対応した条文の記載がないケースです。その場合には、民法、商法、民事訴訟法その他の法律が適用されることになりますので、どの法令が適用され、その結果として、自社としてどのような権利を取得し、義務を負うことになるのかを精査しなくてはなりません。
(例:合意管轄に関する条文がないケースでは、民事訴訟法により、いずれの裁判所を管轄裁判所とするかが決せられるetc.)
(2)自社の契約モデルとの比較
相手方の契約モデルを把握した後は、それを自社の契約モデルと比較し、相手方の契約モデルを飲んだときに、取得する権利、負う義務にどのような変更が生じるかを確認します。
(3)変更が生じる権利義務の内容の精査/提案受け入れの適否の判断
次に、変更が生じる権利義務の内容が、法令に違反したものでないかを精査し、法令に違反したものがある場合には、違反を理由に拒絶する方針を立てます。
法令に違反していないものについては、それらを飲むことにより、
・自社として取得する権利の価値がどれほど損なわれるか
・契約上負う義務による負担がどれほど増すか
を事業目的の達成、取引上の潜在リスク(具体的にどのような事態が生じる可能性があり、その具体的な影響力、発生頻度はいかほどか)等の観点から価値評価し、相手との力関係も念頭に入れながら、相手方の条文案を拒絶するか受け入れるかを個別に判断して行くことになります。
およそ、“取引”という概念が人類史に生まれて以来、取引においては、「等価交換(価値がおよそ等しいモノ同士の交換」が原則になっています。この原則は、物々交換の場合でも、企業間の権利義務が複雑に絡み合った取引の場合でも異なりません。そして、等価交換が為されているかどうかの判断は、交換する対象となるモノの価値を評価出来て初めて可能になります。
その点、物の値段にはおよその相場がありますので、比較的、物の価値を評価するのは容易かもしれませんが、権利及び義務については、目に見えず、市場相場もないため、その価値を評価するのは容易ではありません。だからこそ、この「権利義務を価値評価出来る」という点に、法務担当者としての本質的な価値があると考えています。
3.権利義務の取得・回避を実現する
相手方の条文案(雛形案or自社雛形への修正案)を飲む判断を行った場合には、原則その旨を何かしらの方法で相手方に伝えるだけでいいと思いますが、仮に、拒絶する判断を行った場合には、法務担当者としては、自社の要望が通るよう、手を動かす必要があります。
(1)修正案の作成
まずは、自社の要望(どんな権利を取得したい、どんな義務を回避したい)を条文化する必要があります。契約書ドラフトのときと同様、解釈の余地のない文言で言語化することが重要です。
(2)現場担当者への共有
修正案を作成した後は、「修正した内容及びその理由」を現場担当者に共有しなくてはなりません。その際に、専門用語をベラベラと並べ立てて、現場担当者を閉口させる事例をよく耳にしますが、一旦、“正確に理解させること”よりも、“ニュアンスを理解させること”を優先して、現場担当者が理解できる言葉で、出来るだけかみ砕いて説明する必要があります。
(3)交渉方針の決定
修正案を作成した後は、誰が交渉するのか(法務担当者or現場担当者)、どのくらい強気で行くのか、優先順位をどのようにつけるのか、最悪どこまで譲歩するのか等の交渉方針を決定する必要があります。そして、ここでも、取得したい権利・回避したい義務の価値評価、相手方との力関係が重要な検討要素となります。
その上で、仮に、法務担当者が交渉(主に、契約書内のコメント機能又はメールのやり取り)を行う場合には、交渉方針を踏まえた文面を、「説得力」と「相手方の気分を出来る限り害さないこと」の2点を意識しながら作成していくことになります。
他方、交渉を現場担当者がメインで行う場合には、法務担当者発信で、交渉手順・他の修正案との優先順位、譲歩できる度合いなどを事前に伝達できると、現場担当者も気持ちよく仕事が出来ると思います。
(4)交渉
こうして交渉方針を決定した後は、実際に交渉を進めて行くことになります。こちらの提案がそのまま飲んでもらえるとスムーズですが、交渉の過程で相手方から新たな修正案が提示されることが多々あります。その際は、相手方の提案を飲んだときに、自社が取得することになる権利又は負うことになる義務について、改めて精査し、修正案受け入れの適否の判断、再修正案の提示等を行い、合意に至るという流れになります。
ここまで、主に『権利義務の取捨選択』という側面から、契約法務の一連の流れを解説して来ました。
次回は、「法律相談」について考えて行きたいと思います。
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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。
【筆者プロフィール】 大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。2014年より、企業の法務部門に特化した総合コンサルティング(組織構築・採用・IT導入)会社、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。法務担当者向けの研修の開発・実施、WEBメディアの編集、企業の法務部への転職エージェント業務、リーガルテック関連の新規事業策定などを担当している。これまで、入社前後の新人法務担当者のべ150名超にマンツーマンで研修を施した経験があり、感覚的・直感的に行われがちな法務業務を言語化・体系化し教えることに強い関心を有している。 |