この度、初めてリーガルBusiness School Onlineに寄稿しますCeongsuと申します。
よろしくお願い申し上げます。
私の自己紹介は本投稿の最後に表示されるプロフィールに譲りまして、早速本題に入ります。
今回から数回に渡って取り上げるのは、クロスボーダーで締結する英文の秘密保持契約(NDA)です。
秘密保持契約って、弁護士に相談する機会はあまりないですよね。そしてケースバイケースで、あまり時間をかける意味もない場合もあるし、逆に慎重になるべき場合もある契約の典型ではないでしょうか。
しかし本当に重要なポイントを理解したうえで、時間をかけずに対応できているか、もしくは慎重に修正するにしてもきちんとレビューや修正ができているか、というと疑問も多い契約だと思います。
だからこそ企業法務担当者としてポイントを理解しておくべきではないか、ということで、取り上げてみました。
なお、よく書籍に書いてあるようなことは取り上げないつもりですが、当たり前すぎる内容があれば、ご容赦いただきたく思います。
まず本シリーズ投稿第1回目の今回は、「契約締結者を誰にすべきか」という点を考えてみます。
NDAの契約当事者を誰にすべきか、ということを弁護士に相談したことありますか?あまりないですよね(笑)これにお金をかけられる企業法務担当者はそうそういないと思います。だからこそ、どういう観点でこのことを考えるべきか、検討してみたいと思います。
なんとなく、自分の経験上ですが、クロスボーダーのNDAで秘密情報の開示や受領に複数の関係会社が絡んでいる場合、当該関係会社のうち秘密情報を主に開示するのはどの会社か、という観点で契約当事者を選ぶことが少なくないのではないでしょうか。また相手方の契約当事者に問題がないかを確認する際、相手方の関係会社のうち、どの会社に主に情報を開示するのか、という観点のみで確認していないでしょうか。
正解はないのかもしれませんが、今回の投稿は、それが本当に正しい観点なのか、という疑問提起です。
私なりの考えとしては、様々な判断材料があるものの、重要なポイントで見落としてはいけないのは、
① 相手方の秘密保持義務違反により、最も損害を被る自社グループの会社はどこ(誰)か
② 万が一契約違反が生じた際、違反状態を差し止めるとすれば、誰を相手にすべきか
上記2点ではないか、と思っています。(これだけではないのですが、この2点が忘れがちなポイントでは、と思っています。)この観点で検討しても結局結論は同じ、ということもあると思いますが。
業界によって違うかもしれませんが、海外の企業との取引の検討においては、同じ国にある自社グループの関係会社が取引のきっかけに関係している、ということがよくあります。例えばある製品開発に関連して、シンガポールにある会社と取引の検討をするためのNDAを結ぶとします。この時、シンガポールに自社の子会社があり、その子会社を通じて多くの自社の情報を出すので、そのシンガポール子会社をNDAの当事者にする、ということもあると思います。
しかし果たしてそれでいいのでしょうか。
例えば自社の秘密情報が漏洩された場合、開発中の製品技術が漏洩したことで、日本の本社が損害を被るとします。その技術を使った製品は、シンガポールの子会社にも少し販売されますが、むしろ米国市場とか、マレーシアとか、インド、またはアフリカ、といった国にある子会社を通じた販売量のほうが圧倒的に多いとします。
そうすると、契約当事者であるシンガポール子会社が秘密情報の漏洩によって被る損害って微々たるものなので、損害賠償請求できる額が十分でなくなるリスクがありませんか?
「いや、シンガポール子会社のaffiliateが開示する情報も秘密情報に含む、とNDAに書いておけば、親会社の損害も算定に入るのでは?完全親会社であれば原告として請求できるかもしれないし、または関係会社の損害は一体となって請求できるのではないですか?」ですって??
では一例として、最近のニューヨーク州の事案を見てみましょう。
2017年のニューヨーク州の訴訟で、Palomo v. DeMaio et all という事件があります。
この事案は、ミュージシャンで原告のPalomo氏が、Joseph DeMaio氏(アメリカのヘヴィメタルバンドのベーシストで自身の音楽レーベルであるCircle Song MusicのCEO)とCircle Song Music, LLCやGod of Thunder Productions, Ltd., Magic Circle Films International, LLC,といった同一グループの複数企業を相手取った訴訟案件です。といっても、原告の主張は相手方当事者のうち雇用主となっていた企業との雇用契約終了後に原告のmusical equipmentを被告が返さなかった、というもので、それに対するCounterclaimとして、被告がCounter-Plaintiffとして、Palomo氏に対し、秘密保持契約違反等による損害賠償請求をした、というのが今回のテーマと関係のあるポイントです。
Magic Circleを含めた全被告がPalomo氏の秘密保持契約違反をCounter-Claimとして主張しました。その根拠は、Counter-Plaintiffである被告グループ企業のうち、Magic Circleという会社がCounter-Defendantで原告のPalomo氏と幾度となくNDAを締結し、その度にPalomo氏が相手方の開示する秘密情報を返還しなかった、というものです。この請求に対し、原告であるCounter-Defendantが、当該請求の棄却を申し立てた(Motion to Dismiss)というのがこの事案です。(他にも様々な請求がなされていますが、割愛します。)
当該申立てに対してニューヨーク北部地区連邦地方裁判所は、一部認容、一部棄却しました。何を認容したかというと、全てのCounter-PlaintiffがNDAの契約当事者ではないため、当該請求のPlaintiffになり得ない、という主張部分です。まず裁判所は、契約の一般原則として、こう述べます。
A claimant that is not a party to a contract or an intended beneficiary generally cannot enforce the obligations of that contract. Edwards v. MHS Holdings Corp., No. 90-CV-387, 1994 WL 383221 (N.D.N.Y. July 15, 1994) |
“intended beneficiary”とは何か、という説明は長くなるので省略しますが、やはり契約当事者かintended beneficiaryでないと契約違反を主張するための原告適格がないのが原則である、と述べられています。これに対して被告であるCounter-Plaintiffは、Counter-Plaintiff全員がall affiliated companiesであり、よって原告適格を得られる、と主張しましたが、当該主張は認められませんでした。
次にCounter-Plaintiffは、複数締結したNDAの契約当事者ではないCounter-Plaintiffもinterested partiesとしてintended beneficiaryに該当する、と主張します。これについて裁判所は、NDAの中身にも触れたうえで以下のように判断を下しました。
A party is an intended beneficiary and can enforce the obligations of a contract if it can establish “(1) the existence of a valid and binding contract between other parties, (2) that the contract was intended for its benefit, and (3) that the benefit to it is sufficiently immediate.” Gerszberg v. Li & Fung (Trading), Ltd., 215 F. Supp. 3d 282, 291 (S.D.N.Y. 2016). Circle Song Music is designated as an “affiliate” of the 2007 NDA , (略) and Circle Song Music and Magic Circle Music are designated as affiliates of the 2010 NDA (略). Because (略) each NDA requires Counter-Defendant to “develop [his] best efforts to advance the interests. . . [the] affiliates,” it is plausible that Circle Song Music is an intended beneficiary of both NDAs, and that Magic Circle Music is an intended beneficiary of the 2010 NDA. No other counter-plaintiff is mentioned in the NDAs, and the Court rejects Counter-Plaintiffs’ argument that the NDAs’ vague reference to “any other affiliates” suggests that all Counter-Plaintiffs are intended beneficiaries. |
NDAの中で秘密情報の受領者の義務として”develop [his] best efforts to advance the interests. . . [the] affiliates”と書くことはあまりないですよね。この事例から分かるように、きちんと契約当事者に配慮しないと、重要な自社グループの当事者が原告に加わることができません。そしてこの事案では損害の算定に関しては特に議論となっていませんが、損害の算定においても、実際の契約当事者に最終的に生じていない損害を請求することは難しいと思われます(それを請求するような法的構成があり得るかは調べ切れていません。ただ1つありますよね。Indemnification Clauseです。ただIndemnification Clauseのドラフティングも難しいですよね。)。
同様に、開示者の立場からして、受領者である相手方のグループ企業のうち、どの企業が相手方の契約当事者であるべきか、というのも重要な検討事項ではないかと思います。というのも仮に相手方が秘密保持契約違反をして不当に自社の秘密情報を利用している場合、それを差し止めたいとしても、その差し止めをしたい相手が契約の当事者ではなく単なる関係会社の場合、少なくともNDAの契約違反を原因として差し止めるのは難しい気がします。(契約当事者の完全子会社の行為を差し止めたい場合に、当該完全子会社と契約当事者である親会社を一体としてみなす法理があるかもしれませんが、、、)
もちろん、契約違反以外の法理を根拠に差し止めを主張することが可能な場合も多いと思いますが、契約違反の場合に比べてハードルが高くなることは少なくないと思います。
こういったことを考えると、NDAの契約当事者を誰にするか、というのは、主な開示者や受領者が誰なのか、Deep Pocketとなる相手方の契約当事者は誰なのか、といったこと以外にも、色々と考えるべき事があるなぁ、と思います。少なくとも、お門違いなaffiliateが契約当事者になっていないか、その確認は法務パーソンとしてきちんとしたいですね。
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【筆者プロフィール】 企業法務歴14年目。2児の父。最近はめっきりアップデートできていない「日々、リーガルプラクティス。」という企業法務ブログの管理人。ベンチャー企業での法務、上場企業の電子部品メーカーでの海外法務を経て、現在は一部上場のヘルスケア企業でM&Aやマイノリティ投資を含めたクロスボーダー案件の法務を担当。前職時代にアメリカのロースクールのLL.M.をオンラインで受講し卒業。 一方、趣味ではソムリエ(ワインエキスパート)や国際的なソムリエ資格であるWSET Level 3の終了試験(英語)に合格。企業法務の仕事を担いつつ、自社の従業員向けのワイン講座の講師やワイン生産者セミナーの通訳も時々担っている。 |