30年以上、企業法務の前線にいると、さまざまな契約書のドラフトにお目にかかります。どこの契約書式集から引っ張ってきたものだろうと思うほど、見事なほどに平板で起伏のない契約書に出会うこともしばしばです。
こんなときは、
「こんな契約書で本当に当事者が意図したビジネスを実現できると思ったのだろうか。」
「いやいや、上司や営業サイドから早く契約書案を出せとせっつかれて、間に合わせで作ったものかもしれないなぁ。」
などと余計な心配をしながら、修正作業にとりかかるわけです。
さて、企業法務の仕事は、企業の事業領域にかかわらず、その大半は契約書の作成や審査・交渉です。したがって、これから企業法務としての仕事を始めて行こうとする方々は、“契約とは何なのか” ということをしっかりと理解しておく必要があります。
私は、自分が部下を持つようになってから、常々、自分の部下に対して、
「契約とは、ビジネスに線路を敷く仕事である」 と言い続けています。
では、ビジネスとは何でしょう。さまざまな定義がありえると思いますが、私は、
1.人の思いを
2.お金を出して買っていただく(売っていただく)ことのできるよう、
3.かたちにすること。
だと考えています。
では、ここで、人の思いとは、だれの思いでしょうか。
それは、そのビジネスにかかわっている、営業、製造、開発、調達、経理財務、人事、マーケティング、法務といった関係部門の方々すべての思いです(もちろん、最終的にはここに契約の相手方の思いが加わります。)。
したがって、企業法務担当者が、“ビジネスに線路を敷く” には、こうした関係者の方々の当該ビジネスに関する思いや考え方を聞き、相互にズレがあるのであれば、それを調整、あるいは止揚し、皆が納得できる内容にまとめ上げ、それを書面に落とし込み、自社内および相手方と共有できる形にする必要があります。
たとえば、ある大型取引について、財務は製品の納品後翌月末日締めで支払ってほしいと考えている場合に、営業としては、納品後の検収完了日を起算日にすべきだと考えているようなときは、これを、どう調整していくのかは、法務の腕の見せ所です。会社が置かれている立ち位置、事業環境、それぞれの担当者や責任者の関心事、最悪のケースのリスク、それを最小化するための方法などを徹底的に考え抜かなければなりません。
ここまでの説明で、「企業法務って思いのほか大変な仕事なんだなぁ」 と思った方。心配はありません。
私も最初からそんな立派な仕事ができたわけではありません。常にビジネスに入り込み、汗をかき、恥をかき(これって結構大事!)、悶え、苦しみながら、人の思いを理解していく努力を継続すれば、自ずと道は開けます。
大切なことは、企業の一員として、皆と同じ船に乗っていることを忘れないことです。そして、皆と一緒にビジネスを作り上げていく喜びを共有することです。
ビジネスという汽車が、誰と一緒に、どういう景色を見ながら、どこに向かって走ればいいのか?
そこに思いを馳せながら、その思いを契約書という線路に落とし込んでいく仕事。
みなさん、企業法務の仕事って、意外とロマンチックで、夢のある仕事だとは思いませんか?
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