先人のやり方の踏襲・模倣・集積により帰納的に語られがちな『法務』。それゆえに、『法務』という概念は、多くの法務担当者の中で、どこか場当たり的で統一性がなく、全体像の見えない混沌とした概念になってしまっています。 |
仕事柄、企業の法務担当者とお話をする機会が多くあります。
先日は40代で上場企業のマネージャー職を務めている法務担当者とお話をする機会がありました。
その方が言うには、日々、法務の仕事をする中で、常に何とも言えない漠然とした不安に駆られているといいます。
不安の正体を探るべく、いくつか質問を投げかけてみましたが、どうにも歯切れが悪く要領を得ません。
最終的に彼の口から出て来たのは、
「自分の仕事に確信が持てない」
という言葉でした。
経験も立場もあり、しっかりと組織された法務部で働く人がこうした悩みを抱えていることをやや意外に感じるかもしれませんが、
「自分の方向性があっているか自信がない」
「自社のやり方が正しいのか確信が持てない」
など、同様の不安を抱える法務担当者は少なくありません。
そして、こうした不安を打ち明けられる度に、私はイソップ寓話の“3人のレンガ職人”の話を思い出します。ビジネス書などで引用されることが多い話ですが、簡単にまとめると、下記のようなものです。
旅人が歩いていると、レンガを積んでいる三人の男に出会った。 旅人が何をしているのかを尋ねると、 一人目の男は「レンガ積みだ」と答え、自分の仕事がいかに辛いものかを訴えた。 二人目の男は「大きな塀を作っている」と答え、手に職があるありがたさを語った。 三人目の男は「教会を建てている」と答え、教会が人々にもたらす恩恵を嬉しそうに語った。 |
目の前の仕事に対する目的意識をなぞらえた寓話なのですが、果たして、私に不安を打ち明けてくれた法務担当者達が同様の質問をされたときに、“教会を建てている”と答えることが出来るでしょうか。
そのように答えられないところに、彼らが抱く不安の正体が隠れているように思います。
「人間は、目標を追い求める生き物だ。目標に向かい努力することによってのみ、人生が意味あるものとなる。」 アリストテレス(哲学者) |
かのアリストテレスも言うように、人間は、目標に向かって何かに取り組んでいるときに、初めてそこに意味を見出せ、自信が持てる存在と言えます。
一方で、法務業務には明確に標準化された型がなく、先輩や相手方企業の法務担当者などの仕事ぶりを見よう見まねで覚える中で、自分自身の仕事のスタイルが確立されていく部分があります。
その結果、
「目の前の仕事を“どうさばくか”はわかるが、“どうあるべきか”はわからない。」
という状況に陥っている法務担当者が多いのではないでしょうか。
部門という観点で見ましても、法務部門には、その時々の社内ニーズに応じて場当たり的に新規の業務が振られることが多く、法務部門自体の役割が統一されたコンセプトのもとに設計されていない点が特徴的です。
それは、あたかも、生活ニーズにしたがい増築を繰り返した家屋のようです。
その意味で、「法務」は、常に現在進行形のみで語られ、未来形・理想形で語れない概念になってしまっていると言えるのではないでしょうか。
当たり前の話ですが、“教会を建てている”実感を持てるのは、自分の行っている仕事を「教会を建てる仕事」と定義づけている人間だけです。
だから、法務担当者が“教会を建てている”実感を持ちながら仕事をするためには、「法務」にとっての“教会”を示した、新たな仕事の定義を作る必要があります。
これまで、「法務」は圧倒的に実践的かつ現在進行形的で、すべてが実務の積み重ねの上に成り立っていました。
そのリアリズムこそが大きな魅力である一方、「法務」を学問し、体系化し、一つの軸を通すという試みはあまり行われて来なかったように思います。
このコラムでは、「法務を学問する」をテーマに、企業法務における様々な概念を再定義し、原理原則から、「法務の理想形」を描いて行こうと思います。
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【筆者プロフィール】 大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。2014年より、企業の法務部門に特化した総合コンサルティング(組織構築・採用・IT導入)会社、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。法務担当者向けの研修の開発・実施、WEBメディアの編集、企業の法務部への転職エージェント業務、リーガルテック関連の新規事業策定などを担当している。これまで、入社前後の新人法務担当者のべ150名超にマンツーマンで研修を施した経験があり、感覚的・直感的に行われがちな法務業務を言語化・体系化し教えることに強い関心を有している。 |