【インタビュー】法務担当の仕事内容と仕事の学び方(後編)

 

法務部ひとすじ40年 多様なジャンルの5つの会社を渡り歩いた、企業法務のスペシャリスト、浅井敏雄さんにお話を伺いました。
自動車→コンピューターメーカー→地図→ファッションブランド→IT企業と、転々としつつも、一貫として法務部に所属してきた浅井さんは、会社から系統的な法務教育をほとんど受けずにキャリアを重ねてきたそうです。どのようにして勉強を重ね、どのように数々の困難を乗り越えてきたのでしょうか。

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アメリカとの法制度の違いに戸惑った、グローバルブランド法務部時代

――次に転職なさったのが、海外の著名ファッションブランドですね。

そうです。地図メーカー在職時に人材会社から声をかけられ、商標による保護が基本のブランド企業で弁理士としての知識・資格が活かせるかもしれないと思い転職しました。

 

――法務部というところは一貫していますが、自動車→コンピュータ→地図→ファッションと、それぞれ、異分野へ進出していらっしゃいますね。

そうですね。ただ、これは経理、人事などの職種でも同じだと思いますが、業種が違っても、企業法務に求められる知識・経験は共通する部分が大きいので、後は、入社後その業界やその企業のビジネスの特性を学習していけば十分対応できると思います。

 

――そのファッションブランド法務部の構成はいかがでしたか。

その企業では既に法務部に数名のスタッフがおり、基本的にその後も大きな変動はありませんでした。私は、間もなく定年退職する前任法務部長の後任部長として入社しました。

 

――主な業務内容としては、どのようなものがあったのですか。

この会社の法務部の主な業務の一つはニセモノ対策でした。ニセモノは、入社当時(2004年)は主に街中の店で販売され、やがて、ネット販売が主流になりました。このようなニセモノはいくら撲滅してもなくなることはなく、むしろブランドの人気が高まれば高まる程ニセモノも増える傾向があります。一般の方の中には、ブランドの一種の有名税のようにとらえる方も多いと思います。

しかし、入社したフランスのブランドでは、このようなニセモノを放置しておいては、ブランドの価値が傷つけられると考え、ブランドが創設された20世紀前半から多額の費用を費やし対応してきていました。これは他の高級ブランドでも同様でブランド価値の維持や向上こそがブランド企業の生命線であり収益源や存続の条件だと考えられていると思います。

 

私自身は、法務部のマネジメントや契約審査・作成など一般の企業と共通する仕事をしていましたが、ニセモノ担当の部下は、例えば、街中でニセモノを発見し警察に申告書を提出し摘発してもらうとか、警察が市民から受けた通報に関し現地に出向きニセモノと鑑定し摘発につなげるなどのことをしていました。

 

私自身が2004年の入社後最初に直面した重要な仕事は、当社の商品を販売している百貨店との顧客データの取扱いについての交渉でした。個人情報保護法は入社翌年の2005年から施行されることになっていましたが、百貨店側は顧客データの所有権は百貨店側にあると主張していました。しかし、顧客データは形のあるものではないので「所有権」という考え方はなじまないし、著名な外国高級ブランドはどこも百貨店に社員を派遣し、顧客登録を含め売り場を管理し自社で顧客データベースを構築・運用していました。

しかし、法律上顧客への売主は百貨店でありその意味で百貨店も顧客データを利用していると言えるので、当社などのブランド側は、この関係は、ブランドと百貨店との共同利用であると主張しました。そして、これを確認するための契約を個々の百貨店と交渉することが重要な仕事となりました。

 

――先ほどのニセモノの摘発というのは、その店で売られているものが本当にニセモノかどうか確認してからですね。

当社製品は基本的には直営店か百貨店でしか販売されていませんので、並行輸入品を除けば、他のルートで販売されていればまずニセモノということになります。しかし、そうはいっても、ニセモノは商標権侵害罪という犯罪として摘発し起訴することになるので、警察や検察としてはブランドの社員が実際に現地などで現物を確認しニセモノと判定した鑑定書を要求します。

時には、インターネットのオークションサイトなどでニセモノを販売していた者の住宅が分かり警察とともに立ち入ったところ、犯人は主婦で小さな子供も現場にいたというようなこともありました。

 

――辛いですね……。ブランド企業の法務部での難しさのようなものはありますか。

私のいたフランスのブランドでは、日本を含めた地域の商標管理は米国の法務部がしており、その責任者も米国人弁護士でした。ご存知の通り、米国は今でも商標権はその使用により発生するという使用主義を基本としており、日本を含めほとんどの国が採用する、商標権は登録によって発生するという登録主義とは基本的な考え方が違います。

私が入社した当時、日本における商標登録は旧制度に従った出願に基づくもので、当社のマークはついているけれど商品としては当社では販売していないもの、例えば灰皿などが十分にカバーされていませんでした。このため、このような商品の販売を商標権侵害として摘発できない状況が生じていました。このような商品に当社の商標が付いていても消費者が間違うことはないしパロディーみたいなものでないかという考え方もありますが、そのようなことを放置しておいてはブランドに安っぽいイメージが付きかねないから撲滅すべきだというのがブランドとしての考え方でした。

そこで、既に改正されていた新制度を利用し、考えられる全ての商品を少数の登録でカバーできるよう出願を全く新たにし直し、従来のいわばつぎはぎだらけのいくつもある登録は将来的に消滅させることを米国の法務部に提案しました。しかし、これは、従来ずっと彼らがやってきたことを覆すことを意味し、また、日米の法制度が異なることもあり、責任者を説得するために何十回も電子メールでやりとし、また、直接会って説明もし、最終的に了解を得るまで半年ほどの期間がかかりました。しかし、この責任者は、一旦納得した後は積極的に後押ししてくれました。

 

――ヨーロッパの本社からフォローがあったりしないのですね。また、他に問題はありましたか?

日本の商標の管理は米国法務部の管轄でしたのでフォローはありませんでした。

 

商標以外では、特許体制が整っていないことがブランドの企業規模と、このブランドは化粧品も販売していたことから考えて意外でした。

日本の企業は、化粧品会社を含め、どの業種のメーカーでも、ある程度以上の規模の企業であれば特許専門の部門や要員がいることが当時でも普通でした。また、私自身は、最初の自動車メーカー時代に国内特許訴訟で準備書面を起案し、次のコンピューターメーカーでは弁理士試験の勉強をし、また、地図メーカー時代には特許部門創設、特許紛争、職務発明・発明補償金規定作成などを経験していたので、このブランド企業に入社したときもその特許体制について関心がありました。

しかし、入社時にフランスの本社に行き本社法務部のローヤーに特許体制について質問しても要領を得た回答はなく私がイメージしていたような体制は整備されていないことが分かりました。

しかし、その後、日本では他の化粧品会社から特許侵害の警告を受け和解金を支払うなどの事件があり、その対応についてフランスの本社とやりとりしたことなどを通じ、本社サイドでも徐々に特許の重要性が認識されるようになり体制も整備されるようになり、また、全世界共通の発明補償金基準が作成されることになりました。

 

――やはり、浅井さんが働きかけたのがきっかけなのでしょうか。

本社としても、このような事件を通じ、徐々に必要性を認識していったということだと思います。

このような組織整備やコンプライアンスの体制は、どの企業でも、現実に問題に直面しない限り中々整備されないもので、このような事件はむしろいい方向に進むためのきっかけにすることも可能だと思いました。

 

まずは、検定試験にチャレンジしよう!

――最後は、以前勤めていた地図メーカーの子会社に転職して、定年を迎えられたのですね。

 

そうです。前職のブランド企業では直属上司である日本の社長からは終始信頼されていたと思いますが、全世界の法務部門のトップであるチーフリーガルオフィサー(CLO)とは、あることについての意見の違いから徐々にうまくいかなくなり、一応の定年を迎えたときに雇用延長されず退職しました。

しかし、私としてはまだ働きたいと思っていましたので、前職の地図メーカー在職時に米国子会社の副社長をしていて仕事上の関係があった者が日本の子会社の社長となっていたので、その会社に2年の期限で勤務することになりました。

この会社は地図関連のソフトの開発やライセンスをしている会社で、私がその作成や審査を担当した契約の内容も、かつて勤務していたコンピュータ会社のソフトウェア関連の契約などと同じタイプのものでした。また、以前私が作成した英文秘密保持契約(NDA)などもその会社の標準契約として使用されていました。

従って、どちらかというとアナログの世界だったブランドでの10年以上のブランクがあり、また、コンピューターメーカー退職からは15年以上経過していて若干の不安がありましたが、実際には、このコンピューターメーカーなどで得た知識や経験が大いに役立ちました。

この会社にいるときには、国内企業の契約慣行(例えば責任の制限条項)に関しても、あるいは民法改正(例えば契約不適合責任の考え方)に関しても、徐々に米国的な契約の慣行や考え方が日本社会に広まってきたことを感じました。

 

――企業法務に関心があるリーガルビジネススクールオンラインの利用者に向けて、どのような自主学習をすればいいか、アドバイスはありますか。

私自身は、会社から系統的に教育されたというより、具体的な仕事を通じ、あるいは、弁理士試験の勉強や米国のロースクールの東京校での単位取得などを通じ自ら学ぶことが基本でした。

国内法務について言えば、私は、50代になってから、国内法務についてもう一度知識を整理するため、東京商工会議所の通信教育を受けそこが実施する「ビジネス実務法務検定」の1級を受験し合格しました。国内法務についてはこのような方法で全般的に学習することも可能だと思います。

 

――その点では、今は、法律の勉強もしやすい環境が整った、恵まれた時代ですね。

昔と違って、今は自分でその気になって探せばいくらでも必要な情報を入手でき、また、学ぶチャンスもあると思います。従って、年齢や会社での立場にこだわらずに学習する意欲があれば、いくらでもスキルアップは可能だと思います。

 

私は、2017年にサラリーマンをいわば卒業しましたが、今でも企業法務の問題について、法律雑誌に論文を掲載したり、Amazonのシステムを使い個人データの保護やAI、自動運転、クラウドなどに関する書籍を電子版と紙の本で出版していて、いずれ、英文契約、知的財産などの書籍も出版したいと考えています。

これは、私のいわば老後の趣味のようなものですが、今では、外国の情報を含め、昔であれば考えられない程幅広く最新でしかも弁護士などが書いた信頼できる情報を、インターネットなどを通じ簡単に入手でき、これらの情報を参考に、いつも楽しみながら原稿を書いています。

 

【インタビュアー プロフィール】
長嶺 超輝

リーガルライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書13冊。

 

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