【インタビュー】法務担当の仕事内容と仕事の学び方(前編)

 

法務部ひとすじ40年 多様なジャンルの5つの会社を渡り歩いた、企業法務のスペシャリスト、浅井敏雄さんにお話を伺いました。
自動車→コンピューターメーカー→地図→ファッションブランド→IT企業と、転々としつつも、一貫として法務部に所属してきた浅井さんは、会社から系統的な法務教育をほとんど受けずにキャリアを重ねてきたそうです。どのようにして勉強を重ね、どのように数々の困難を乗り越えてきたのでしょうか。

 

アメリカの消費者からの訴訟に、連日連夜で対応

――はじめに就職なさった企業は、どちらでしょうか。

国内の自動車メーカーです。一応法学部を出ていたので、配属希望を提出するときに「総務部法規グループ」というセクションが目について、そこへ希望を出しました。法規グループに配属希望を出す新卒社員は滅多にいないらしく、希望通り法規グループで仕事をすることになりました。この法規グループは後に法務部として独立しました。
法学部を出たとはいえ、学生時代は乗馬部に所属し朝の練習と馬房掃除などの作業で疲れて居眠りしまうので授業にあまり出ないような学生でした。

 

――その総務部法規セクションでは、法律についてどのような新人教育が行なわれていましたか。

当時(1978年)は、大体どの部署でもOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を中心とした教育が基本でした。先輩や上司のやり方を見て自ら学ぶとか、新人にとにかくやらせてみてそれに対して先輩社員や上司がフィードバックしていくというものでした。

たとえば、相手方が出してきた契約書案のチェックであれば、最初に私がチェックした結果を係長と課長が見てそれぞれの段階で何回か突き返され、ようやく最終的なカウンタードラフトとして認められるというやり方でした。しかし、そのプロセスの中で「このタイプの契約書は、ここをこういうふうに見ていけばいいんだな」ということが少しずつ分っていきました。

 

――効率が良くないと感じることはありましたか。

今から考えるとそうですが、当時は、社会全体で「先輩の背中を見て仕事ぶりを学ぶ」ということが最も良いとされていて、私もそういうものだと思っていました。

 

――自動車会社の法務部ではどのような仕事をしていましたか。

国内の契約、海外との契約、国内の特許訴訟・PL(製造物責任)訴訟、株主総会用の法律関係Q&Aの作成、子会社設立手続など、企業法務全般について一通り関わりました。この自動車メーカーには8年間在籍していましたが、最後の数年間は、アメリカでのPL(製造物責任)訴訟について被告側として対応することが仕事の中心でした。

ご存知の通り、米国の民事訴訟では、陪審員を前にして行われる「公判(トライアル)」に入る前に、当事者間で事件に関係ある証拠をお互いに開示しあう「証拠開示手続(ディスカバリー)」があります。米国の民事訴訟の大半の時間はこのディスカバリーに費やされ、その過程で訴訟の勝敗などを予想できるようになるので、実際には大部分の訴訟が公判前に和解などで終了します。

会社にとり初めての本格的な米国でのPL訴訟だったこともあり、訴訟の基本的な防御方針は基本的に保険会社が選任した弁護士に任せ、私の仕事は、この弁護士経由で送られてくる原告側の質問書に対し回答案を作成したり、原告側からの書類提出要求に対し関係する設計図などを開発部門から集めこれを翻訳に回し期限までにFAXで会社側弁護士に送信することが中心でした。

ディスカバリーでは、相手側から要求された証拠は、それが事件に関係する限り、自社に不利な証拠でも提出しなければならないのが原則で、しかも、30日以内など短期間で提出しなければなりません。

当時はFAXの通信回線の接続があまりよくなく、アメリカの弁護士に大量の書類を送信している途中で回線が切れてしまい、最後まで送るため泊まりがけになることもよくありました。

このPL訴訟の対応のため、休日出勤も頻繁で、長時間労働が続き、夜9時ごろ仕事を終えた日には「今日は早かったな」と感じるという程でした。さすがに体力が続かないと思い、転職しましたが、法務部員としては米国の訴訟を実地で学ぶいい機会になりました。

 

――当時の日本は全般的に長時間労働が当たり前だった時代だったとはいえ、慣れない海外訴訟対応は大変だったでしょうね。当時は、どのように法律を勉強していたのでしょうか。

先ほどお話したように、会社の教育はOJTが中心でした。仕事の忙しさもあり、ゆっくりと体系的に学ぶというよりも、仕事で必要になった分野についてその都度関係ある事項の情報を探して学ぶというやり方でした。

先ほどの米国でのPL訴訟について言えば、先輩や上司にも経験はなく、会社側弁護士とのやり取りや、数少なかった関係文献から最低限必要な知識を学んでいきました。

他には、経営法友会の研修などに出たりしていました。

 

 

外資系企業の法務部が「やりやすかった」理由

――転職先でも法務部を希望したのですね。

はい、体力の問題から転職を考えましたが、企業法務の仕事しかしたことがなくまた仕事自体は好きでしたので、企業法務の職を探し、結果的に、アメリカのコンピュータ会社の日本法人の法務部に転職しました。

 

――日本の自動車メーカーの法務部とは雰囲気が違っていたのでしょうね。

そうですね。アメリカの会社ですし業種も今でいうITなので大分違いました。

この会社は当時世界第2位の売上のコンピューターメーカーで非常に勢いがありました。今こそ当たり前ですが、社員一人ひとりに、中央のコンピューター(サーバー)とつながった端末が配られていてこれで仕事をしていました。インターネットもパソコンもまだ普及前でしたが、日本国内で2000人超、全世界で10万人超の役員・社員を繋ぐ社内WAN(ワイドエリアネットワーク)が整備されていて、この端末からWANを通じ、日本の会社内では勿論、米国本社や他の国とのやりとりを電子メールで行っていました。

 

――その会社での教育体制はいかがでしたか。

多くの外資系の会社と同じように、この会社も、日本の企業のように新卒から育てていくというよりも経験者を中途採用することが中心でしたので、私を含め社員は既に一定レベルの経験があることが期待されていました。会社は外部の研修や通信教育などの費用を負担しますが、その参加や受講はあくまで自主的に行われることが前提でした。

この会社での私の最初の本格的な仕事は、エンドユーザー、OEM、付加価値再販業者(VAR)など、顧客との標準契約書(当社のひな型)について、米国のオリジナル版を基にして日本版を作成することでした。

このような場合、会社によっては、本社から米国オリジナル版のほぼ直訳の日本版の作成を期待されることも多いのですが、入社時に上司だった米国人部長と本社からは、日本の顧客に理解され易いものを作成するよう指示されました。

また、この日本語版作成に当たって、直接米国本社の米国オリジナル版作成責任者と電子メールでやりとりし、フランクに色々質問することもできましたので、私個人としては満足のいく日本版ができたと思っています。

米国オリジナル版には、各条項の趣旨などの解説と、相手方から修正要求があった場合の対応案なども示された法務部門向けガイドブックが作成されていました。

私の英文契約書の基礎は、このような米国のローヤー(Lawyer)とのやりとりやガイドブックから学んだと思います。

 

――このコンピュータ会社の法務部で、難しかったという思い出の仕事はありますか。

先ほどの標準契約書に関して言えばこんなことがありました。

当時はまだ冷戦期で西側諸国から共産主義諸国への軍事技術や戦略物資の輸出規制(COCOM:ココム)があり、コンピュータも対象となっていました。この会社では以前自社コンピュータ製品が共産圏に流出したことがあり以後米国政府から販売先の厳格な管理を命じられ、その一環としてアメリカだけでなく世界中の顧客との契約書中にお互いに米国輸出管理規則を遵守するという規定を挿入することが義務付けられていました。

しかし、日本の顧客にとっては、日本国内の取引なのになぜ米国の法律を守らなければならないのか納得がいきません。もちろん、営業部門にはこの事情を顧客に説明するよう指導していましたが、この規定の削除を強硬に求められたり直接私達が客先を訪問して説明しなければならないこともありました。ただ、この問題は、後に日本の会社によるCOCOM違反事件が重大ニュースになり以降解消しました。

 

また、今では国内の企業でも一般的になりましたが、当社の顧客との標準契約書には損害賠償額を制限する規定が置かれていて、これについても顧客から削除を求められることがよくありました。当社の標準契約条項では、損害賠償額の限度を2億円(英語版オリジナルの100万ドルを標準契約作成当初のレートで換算)とし、また、お互いに限度を設けることにしていましたが、日本の契約書では通常そのような限度は設けていなかったので、顧客に中々納得してもらえず契約交渉が難航することがよくありました。

しかし、当時からアメリカではこの程度の損害賠償額が認められることはよくあり、それなりの企業であればほぼ全てが自社標準契約書の中にこの責任制限条項を入れていました。従って、当時日本国内では2億円を超える損害賠償額が認められた裁判例はほとんど聞いたことがなく、私自身も日本国内の契約でこのような責任制限条項が本当に必要かという疑問は持っていましたが、限度額を超える賠償額はあり得ないということを理屈として説明することは不可能なので、米国本社を説得することはあきらめました。

 

 

――12年間在籍なさって、最後の1年は法務部長を務められたのですね。

はい。とはいっても、残念ながら、入社後会社の業績は当社製品より小型のコンピュータやパソコンが登場したことにより徐々に悪化し数度の早期退職制度が実施され、日々の法務業務の実務を担当できる社員としては私一人が残り、まだ2000名以上の社員がいた会社の法務業務を実質1人でこなしていました。また、数年前に開始した弁理士試験の勉強も並行してやっていましたので肉体的には厳しいものがありました。

しかし、それまでに、社内イントラネットに簡単な解説付きで標準契約を掲載し営業部門がそれをダウンロードして利用できるようにしたり、例えば、「契約とは?」、「印紙とは?」などのよくある質問のQ&Aを掲載するなどして、可能な限り仕事を合理化するようにしていたので、何とか2000人以上の会社の企業法務をこなすことができたと思います。

 

―― ご自分が抜けた後の法務部は、ますます大変だろうなという思いは、少しはあったのですか。

私がこの会社を退職したのは、この会社が他のアメリカのコンピュータ会社に買収された時期で、勤務地も遠くなり、早期退職金なども用意されていたので、この機に退職することにしました。

 

国側とも折衝をし、法案の改定に努めた地図メーカー時代

――次は、国内の地図メーカーの法務部に移られたのですね。

はい。この地図メーカーは、前職のコンピュータ会社の顧客で、海外法務の担当者を探しているという話で、この地図メーカーに転職することになりました。

 

――また毛色が違う企業ですけれども、地図メーカーの法務特有の問題などはあるのですか。

例えば、そもそも、著作権で地図をどの程度まで保護できるかという問題があります。正確性、網羅性が高く産業的・科学的に価値が高い地図であればある程、著作権法上の創作性(個性によるばらつき)要件との関係から保護は薄くなってしまうという問題があります。従って、著作権による保護だけでは不十分であり、電子地図を他社に提供するなどの場合、適切な内容のライセンス契約を締結することなどが重要になります。

その点では、前職のコンピュータ会社でソフトウェアのライセンス契約を作成したり契約交渉していたので、その知識・経験が役に立ちました。

 

――住宅地図には、戸建ての家のひとつひとつに世帯主の氏名が書いてありますから、企業の営業活動などの目的で使われてきましたけれども、個人情報の保護の問題もありますね。

はい。当社の住宅地図は、公道から見える表札の記載などを調査員が調査しその調査結果を基に制作され書店などで販売されています。この住宅地図は、今でいう個人情報に当たります。

個人情報の保護については、既にEUのデータ保護指令やOECDでの議論があり、日本でも住民基本台帳データの流出事件や2002年の住基ネットの運用開始などを背景に、民間の事業者を対象とした個人情報保護法の起草作業が政府内で進行していました。

私はこの地図メーカーに1998年に海外法務担当のつもりで入社しましたが、入社後間もなく法務部の創設を命じられ法務部長になっていました。ある時点で、個人情報保護法の起草が進行していることと、起草中の法律案によれば、当社の住宅地図は個人情報に該当し、個々の世帯の同意を得なければ販売が禁止される結果となることに気付きました。

そこで、急遽、住宅地図の公共性(警察、消防、郵便、宅配、大災害からの復興などでの利用)を訴え、また、憲法の営業の自由や損失補償などの問題を指摘した意見書をまとめ政府に提出しました。結果として、2003年に成立した個人情報保護法ではオプトアウトによる第三者提供が可能となり、当社の事業は大きな支障なく継続できることになりました。

このことから、一私企業であっても、正当な主張をすれば法律に影響を与えることができる場合があると思いました。

 

――ほかに、同社で難しさを感じた仕事はありますか。

この地図メーカーは市場シェアが高かったため、「私的独占」を理由として公正取引委員会の立入調査を受け社長を含め関係者が長期にわたり厳しい聞き取りを受けるということがありました。しかし、この件については、たまたま大学の大先輩で独禁法専門の弁護士さんを知っていたので、この弁護士さんに依頼して当社としての意見書を作成し公取委に提出しました。最終的にはこの事件は警告で終了しました。

この事件の過程で幹部社員の集まりで独禁法の説明をしたり、事件終了後独禁法遵守マニュアルを作成し社員に周知するなどのことを行い、これらのことが、それまでなかった法務部の存在を知ってもらうきっかけになったと思います。

 

――いろいろと大きな案件を抱えたのですね。弁理士試験には合格なさっていたのですか。

はい。弁理士試験には前職のコンピューターメーカーの在職最後の年の試験で合格していました。当初は合格体験記を見て在職しながら1年で合格した人に続くつもりでしたが、仕事も忙しく合格率も2~3%で結局合格まで6年もかかってしまいました。

合格後も、特許明細書や商標登録出願書類を仕事として書いたことはなく弁理士登録も最後の会社を退職した後に自ら取り下げましたが、この試験勉強を通じ知的財産権について系統的に学んだことが、地図メーカーで法務部内に特許部門を作った際や、後に知的財産関係の論文や書籍を執筆する際に活かすことができたと思います。

 

――そちらの法務部での教育体制はいかがでしたか。

法務部創設当初は企業法務の経験がない若手社員が他部署から配属され、中には法学部出身者でない者もいました。できたばかりの法務部のマネジメントをしながら、これらの社員を私が一から直接指導するのは難しいと考え、外部から経験者を採用し彼に課長として日々の業務の指導と教育をしてもらうことにしました。外部の研修受講なども奨励しましたが基本はやはりOJTでした。

また、特許に関しても実務経験のベテランを採用し、彼が後に特許部長となり法務部から独立しました。当初は、地図に関し特許といっても社内でもなかなかその重要性を理解してもらえませんでしたが、後にビジネス特許の代表例の一つとして他社の地図関連システムが話題になったり、当社と競合メーカー間で知財紛争が起きたりしましたので、最初から特許部門の基礎を作っておいてよかったと思いました。

 

<<後編に続きます>>

 

 

【インタビュアー プロフィール】
長嶺 超輝

リーガルライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書13冊。

 

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