Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(4) - 約因と英米法

この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第4回では、約因と、約因に関連して英米法について解説します。

 

Q1:「約因」とは何ですか?

A1:英米法上、契約は、当事者間の合意の他、相互に何らかの対価が交換されなければ法的拘束力がない(訴訟を提起しても裁判所が取り上げない)[1]という原則(約因法理)があり、「約因(consideration)」とはこの対価または対価関係を意味します。

__________________________________

[1] この場合、講学上は、この合意を”agreement”と呼び、約因があり、従って、法的拘束力がある合意を”contract”と呼びます。しかし、実際の契約の名称としては「~ Agreement」または「~ Contract」どちらを選んでも法的効果に差は生じません(「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(1)- 国際契約が英文で長文の理由等」A4参照)。

 

約因には、(i) 当事者の一方が得る権利または何らかの利益(interest, profit, or benefit)の他、(ii) 当事者の一方が受忍する義務(作為・不作為)または何らかの不利益(forbearance, detriment, loss)が含まれます。

 

両当事者がともに債務を負担する典型的双務契約(例:売買・賃貸借・雇用・有償ライセンス・有償サービス)では、相互の約束(promise)が相互に他方の約束の約因となります。約因は存在すればよくその相当性(相手方が提供する約因に見合っているか否か)は問われません(例:価値ある不動産の対価が1ドルでも約因ありとされ有効)。ビジネス上締結される契約には通常このような意味の対価関係はあるので問題となることはありません。

しかし、例えば、契約内容が一方的な債務免除、その他当事者の一方のみが利益を得る契約等では対価関係が問題となることがあります。

 

このようなことを背景に、英文契約では、双務契約か片務契約かを問わず、慣習的に、以下の下線部分のように前文で「本契約に定める相互の約束を約因として(in consideration of the mutual promises contained herein)」合意する旨記載されることが多いといえます。

 

 

NOW THEREFORE, in consideration of the mutual promises contained herein, the parties to this Agreement (collectively the “Parties” and respectively the “Party”) agree as follows:

そこで、本契約に定める相互の約束を約因として、本契約の当事者(総称して「両当事者」と、それぞれを「当事者」という)は、次の通り合意する。

 

 

 

Q2:「約因」法理が存在する「英米法」とはどのようなものですか?

 A2:「英米法」とは、英国で発展し米国その他の国(カナダ、豪州等)に受け継がれた判例法等を主とする法体系をいいいます(但し制定法がある事項については制定法が優先)。これに対し、独仏等、ローマ法の影響を強く受けたヨーロッパ大陸(英国等を含まない)諸国の成文法を中心とする法体系を「大陸法」といい、我が国も大陸法系に属します。

 

「英米法」は、(i) 狭義の”common law”(コモン・ロー)と、(ii)”equity”(エクイティ:衡平法)を含み、英語では一般的には”common law”(広義)と呼ばれます。

コモン・ロー(狭義)は12世紀以降、衡平法は14・15世紀以降、それぞれ異なる裁判所・裁判組織で形成されてきた判例法ですが、現在では、両者の概念的区別は残っているものの、通常同一裁判所で審理されます。

衡平法は、コモン・ローの理論の不都合性を修正し、当事者間の衡平を図るために発展してきたものですが、両者を簡単かつ正確に説明することは困難です。しかし、英文契約書の理解という点では次の事項を理解していれば通常は十分です。

 

(1) 契約不履行に対し相手方が受けることができる法的救済(remedies)は、コモン・ロー上は金銭による損害賠償(金銭賠償:monetary damages)である一方、衡平法上の救済としては、特定履行(specific performance:契約不履行に対する救済が損害賠償では不十分な場合裁判所が特定の行為(作為・不作為)を命じること)が認められています。

(2) 例えば、英文秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement: NDA)ではしばしば次のような規定が含まれていることがあります。

 

 

The Recipient acknowledges that damages alone would not be an adequate remedy for the breach of any of the provisions of this agreement. Accordingly, without prejudice to any other rights and remedies it may have, the Disclosing Party shall be entitled to the granting of equitable relief (including without limitation injunctive relief) concerning any threatened or actual breach of any of the provisions of this agreement.

受領者[注:相手方から秘密情報を受領した当事者]は、本契約の違反に対する救済としては損害賠償のみでは十分ではないことを確認する。従って、開示当事者は、本契約の違反またはそのおそれに対し、本契約に定める他の権利と救済に加え、衡平法上の救済(差止命令等を含む)を受けることができる。

 

 

上記規定のように、秘密情報の開示において、例えば、相手方がNDA上規定された利用目的や第三者への開示禁止に違反した場合、損害賠償を請求できるだけでは不十分で、目的外利用や第三者開示に対する差止命令(injunctive relief)を裁判所から得ることが必要な場合があります。

このような場合、我が国では損害賠償(民法415条・不正競争防止法4条)と差止(不正競争防止法3条)両方の救済を受け得ることに問題はありません。しかし、英米法においては、損害賠償はコモン・ローにより認められますが、特定履行の一種である差止は契約不履行に対する救済が損害賠償では不十分な場合でなければ認められません。上記規定は、この点に関しNDAに違反した当事者が損害賠償で十分であるとの主張をすることを防止しようとするものです。

但し、このような規定がないNDAも多く、通常上記のような違反に対しては上記のような規定がなくても差止可能と思われます。

 

(3) なお、契約書中において、”equity”と並べて”remedy at law”との言葉が使われている場合、後者は、コモン・ロー上の救済を意味し、この”law”とは”コモン・ロー(common law)”を意味します。

また、”equitable remedy(衡平法上の救済)”ともに”legal remedy”という言葉が登場することもありますが、後者の”legal”とは文脈上「コモン・ロー上の」という意味です。

 

Q3:英文契約では必ず「約因」の記載(“in consideration of ~”)が必要ですか?

 A3:約因の有無は事実問題なので前文に書いても書かなくても関係ないとも言えますが、相手方が英米法系の国の企業である等の場合は、念のため入れておく方がよいと言えます。

 

約因の有無は事実問題であり、前文に約因の存在が記載されていてもいなくても契約の法的拘束性の有無に影響しません。また、我が国等、約因理論がない国の企業同士の契約では約因理論は通常関係ありません。従って、その限りでは約因の記載は不要であるとも言えます。

しかし、前述の通り、英米法系の国では、典型的な双務契約のように約因の存在が明らかな場合は別として、一方的な債務免除等では対価関係が問題となることがあります。

一方、約因の記載があることが有害である場合は想定できません。

 

従って、特に以下のような場合、予め契約上約因がある旨記載しておき、将来、いずれかの当事者が契約に違反した場合、約因の不存在を主張しまたはその主張が裁判所で認められる可能性をできる限り減らしておいた方がよいということになります。

(1) 相手方当事者が英米法系の国の企業である場合

(2) 準拠法(契約の法的解釈の基準となる法)が英米法系の国の法律である場合

(3) 契約の執行(契約違反に対する裁判とその判決の執行)に英米法系の国の裁判所が関係する場合

(4) 契約内容が一方的な債務免除等である場合

 

また、対価関係の有無は必ずしも明確ではない場合もあるので、契約の種類・内容を問わず、とりあえず、一律に約因の存在を記載しておくということもあります。

 

 

Q4: 相手方から提示された契約書案に約因の記載がありましたが、約因法理が適用されないと判断した場合は削除するよう交渉すべきですか?

 A4:前述の通り、約因の記載があることが有害である場合は想定できないので、約因の有無の判断やその削除の交渉に時間を割くことは合理的ではないのでお勧めできません。

 

 

Q5: 英米法が関係する場合で契約内容が債務免除、その他当事者の一方のみが利益を得る契約である場合はどうすべきでしょうか?

 A5:債務免除については、一応、以下のように説明できますが、約因の要件・関連ルール・例外・判例等は容易に理解できるものではありません。従って、既に十分な知識・経験がある場合を除き、対応策を含め弁護士の見解を得ること等をお勧めします。

 

【債務免除の場合】

契約後、その契約上の債務を免除する合意がなされた場合、債務者は債務免除という利益を得ますが、債権者はその対価を得ていません。従って、この場合、債務免除の合意は約因を欠き法的拘束力がなく、コモン・ロー上は、債権者は債務者に元の契約通りの債務の履行を請求することができるという結論になります。

但し、これに対し、衡平法上、禁反言の原則による例外があります。

 

禁反言(”estoppel”/エストッペル)の原則は、「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎(3)- 英文契約書の形式・スタイル等②」のA2でも触れました。簡単に言えば、自己が以前にした主張や行為に反する主張をすることはできないという原則です。

上記の債務免除の場合の禁反言は、「約束による禁反言”promissory estoppel”」と呼ばれ、以下の要件を全て満たす場合に適用されます。

(1) 約因のない一方的な約束がなされたこと(上記例では債権者による債務免除)。

(2) その約束の相手方(受約者:promisee)(上記例では債務者)または第三者がその約束を信頼し何らかの行為をしたこと

(3) 上記の約束をした者(約束者:promisor)が上記(2)を予見できたこと

(4) 上記の約束に法的拘束性を認めないと正義に反すること

 

但し、「約束による禁反言」は、債権者が免除した債務の履行を請求してきた場合に限り、債務者がこれに対する抗弁(defence)として主張することができます。上記の例で言えば、債務者から債務不存在確認訴訟等を提起し債務の不存在を確認することは認められません。

 

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第4回はここまでです。次回は、LOI、MOU等の正式契約前に取り交わされることがある書面と、クラウド等インターネット上で提供されるサービスの規約等を解説します。

 

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

(*) この「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 

 

【筆者プロフィール】
浅井 敏雄 (あさい としお)
企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表

1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで複数の日本企業および外資系企業で法務・知的財産部門の責任者またはスタッフとして企業法務に従事。1998年弁理士試験合格。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員。

【発表論文・書籍一覧】
https://sites.google.com/theunilaw.com/unilaw/about-unilaw?authuser=0

 

 

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