法務の鉄人(10) 『上司の立場で考える教育』

これまでは、法務やコンプライアンス等の担当者が、自分自身どうあるべきか、どう成長すべきかについてお話してきた。今回は少し観点を変え、上長としての観点から教育のお話をしたい。

 

‘Stop expecting loyalty from people who can’t even give you honestly’
‘他者に誠実にあることが期待できない人間が、他者からの忠誠を期待するな’

 

 

最近、あるアスリートがsnsで発して話題になった言葉だ。この言葉、海外では「管理職に重要なこと」を表した格言として有名である。法務やコンプライアンスの仕事やその教育でも、これは同様。上長として、部下に誠実でいられるか。

では、教育において『誠実』とは何なのか。

人類の歴史において、例えば科学技術などは基本的には進化、発展の道を辿ってきた。それが何故、発展の道を辿ってきたのかと言えば、「どうあるべきか」を見据えながら、「今、自分たちができること」をしっかりと教育や研究に受け継いできたからである。

ところが、法務やコンプライアンス担当界隈では、教育という話があまり聞かれない。コンプライアンス研修のようなことは他部署に向けて行うのにも関わらず、法務やコンプライアンスの担当者としての教育、スキルアップが部署内などでは積極的には行われていないように思うのである。たしかに、私もこれまでそのような教育を受ける機会はほとんどなかった。
それを感じていたから、私自身は、教育にできる限り時間やリソースを割いているつもりだ。
結果として、「仕事が非常に分かりやすくなった」、「こんなこと(技術など)まで教えていただけるなんて!」と喜んで貰えているし、人材が育っていると考えている。

あちこちで法務やコンプライアンス担当の教育の話を聞くと、ほとんどがOJTだとか、余裕がないといい、やはり実際にはほとんど行われず、個人の資質に拠るというのが多くの会社の現状の様子である。

言い換えると、これでは法務やコンプライアンス業界のレベルは、なかなかアップせず、ますます個人への依存度が高くなるだろうと思うのである。『働き方改革』が叫ばれるこの時代にもかかわらず。

では、どうすべきか。何をどう教育するかを考える前に、

 

1、分からないことを分からない、出来ないことは出来ないと言える関係性はあるか。

分からないことには自分で気付いてほしい、解決してほしいというのが、上長の理想である。しかし、この世の中、様々な人がいる。様々な背景、様々な経歴…。上長の当たり前は部下の当たり前ではないし、業界の当たり前は、個々人の当たり前でもない。だから、無理なものは無理なこともある。

そういう場合にどう対応できるか。様子を見ながら一緒に答えを模索するのも1つの手段であるし、もうちょっと頑張るように時には突き放すのも1つの手段。答えを教えて、理由を考えてもらうのもいいかもしれない。では、それをどう選択するか。それは、部下の人間性やそれまでの経緯を鑑みたり、本人の様子を観察して選んでいく。

かつてのような、恐怖(のみ)で支配するというのは、最早、時代遅れだと思う。恐怖で発言できないとなれば、部下も聞きたいことを聞けず、上長も部下が何を考えているか分からない。ただただ精神的な負担が互いに増すだけである。

関係性を縮める一歩はなかなか部下からは踏み出せない。以前このコラムで紹介したように、ランチでもいい、話す機会を上長の側からも積極的に作ることが重要である。

 

2、失敗をコンプレックスに繋げないようなアドバイス

新卒や社会経験が少ない場合、転職直後などは、本人の精神状態は目一杯の状況である。そんな状況下で物事が上手くいけば大きな達成感を得られるが、上手く行かなかった場合の喪失感もまた大きい。周りから期待されていたと本人が感じていれば尚更である。
勿論、失敗から立ち直るのは本人の力によるのだが、必要以上に自分を責めさせてはいけない。最初は誰でも失敗をするものであり、大切なことは失敗を分析してそれを繰り返さないことである。言い換えれば、一度大きな失敗をして学んだ者は、それを糧に成長する可能性を秘めているのである。だから、失敗を苦にして心を閉ざさないように指導することが重要である。

こうした場合に、私がよくやるのは、自分の失敗(部下と同じような失敗や、より大きな失敗がいい)を部下に打ち明けることである。失敗というのは、人の弱味である。自分の失敗を明かせば、「アイツはこんな失敗をしたらしいぜ」と言われ続けられるかもしれない。しかし、部下からすれば、「自分の誉められない過去を私には明かしてくれた」と思うだろう。それで頑張ってくれるのならば、上長は万歳である。これは、会社のコンプライアンス教育でも同様。自分たちが起こしたインシデント、過去事例にはどんなものがあり、それを踏まえて会社はどのような体制を構築したり施策を講じたのか、これを明らかにする必要がある。過去の失敗は繰り返してはならない失敗なのであり、消すことのできない事実なのである。繰り返さないためにどうするかが重要なのだから。起きたこと(世の中に知られていること)に目を背け、それに会社が何もしていない、していても表に出せるようなことをしていないとなれば、会社が従業員やひいては消費者から信頼を失うことになっても、さもありなんといったところだろうか。

3、技は伝え、情報は共有する。職位は異なっても互いに友でありライバルである。

法務やコンプライアンスに限らないが、キャリアを積んでくると、自分の技や情報源等を身に付けてくる。法務やコンプライアンスの世界ならば、良い専門書の情報もあるだろう。それを変に独占しないで部下やチームに共有する。これを行うと、部下やチームの業務のクオリティ向上がまず期待できる。そして、それは一種のコミュニケーションにもなる。
これは、前提として、上長と部下とが一定の専門分野で専門性の高い会話ができるということである。

会社で出世しキャリアを積めば、自分が管掌する範囲は広がっていく。広がれば、上長からすれば、自分が不得意な、または経験の浅い分野までカバーすることが求められてくる。そうした不得意な分野、経験の浅い分野について、部下から相談を受けたときに、満足のいくレベルで会話をできないのはどうだろうか。部下からは拍子抜けに思うだろうし、部下自身のキャリア、会社として心配に思うこともあるだろう。勿論、立場上全てを知っていることまでは必要はない。しかし、話ができる、判断ができるレベルには必要だ。

ある日本の上場企業の社長が、「日本人は社会人になると勉強しなくなる。職位が上がれば更に勉強しなくなる。これは、おかしなことだ」と語る。
ここで言う勉強は、座学に限られないし、いわゆる学問にも限られない。また、いわゆる教養なども含まれるだろう。また、ネット検索しただけのような薄っぺらい知識ではなく、本質的な理解が望ましい。こうしたものは、自分で問題意識を持ち、考えながら学ぶからこそ得られるものだ。

人材が育たないと世の中で嘆く声は多いが、上長はどうだろうか。
部下に誠実であるということは、部下にあれこれ求めるだけではなく、上長もまたよく考え、実践することが大事なのだと思う。

どんな上司ならついていけると思うだろうか。

 

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

 

【筆者プロフィール】

Harbinger(ハービンジャー)

法学部、法科大学院卒。
司法試験引退後、株式会社More-Selectionsでインターンを経験。

その後、稀に見る超ブラック企業での1人法務を経て、スタートアップ準備(出資集め、許認可等、会社法手続き、事業計画等)を経験。転職した後、東証一部上場企業の法務部で、クロスボーダーM&Aを50社ほどを担う。また、グローバルコンプライアンス体制の構築に従事。

現職はIT企業のコンプライアンス担当。大学において、ビジネス法の講師も行う。

 

 

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