『机上で論ずる企業法務』:第5回 義務履行の管理

先人のやり方の踏襲・模倣・集積により帰納的に語られがちな『法務』。それゆえに、『法務』という概念は、多くの法務担当者の中で、どこか場当たり的で統一性がなく、全体像の見えない混沌とした概念になってしまっています。
本コラムでは、この『法務』の概念をシンプルに再定義した上で、新たなカテゴライズを施しながら個別の法務業務をマッピングし、“先例”ではなく“ロジック”による裏付けを元にした「法務の理想形」を追求していきます。

【過去記事】
・第1回 法務の理想形を語ろう
・第2回 「法務」を再定義する
・第3回 法務業務を分類する
・第4回 法務の三大業務①~権利義務の取捨選択~

法務担当者による「義務履行の管理」

前回のコラムでは、法務業務における3つの分類のうち、(1) 権利義務の取捨選択 についてお話しました。今回は、(2) 義務履行の管理について考えて行きます。

 

『机上で論ずる企業法務』:第3回 法務業務を分類するでも繰り返し言及しましたが、企業とは「権利義務の集合体」です。企業は、ヒトモノカネに関する様々な権利を取得するのと引き換えに、様々な義務を負っています。また、企業の持つ権利を行使するにあたり、法令上の義務を新たに負ったりもします。

そんな企業において、ひとたび、特定の義務を負うことが決定した場合、企業がその義務に対して行えるアクションは、履行する/無視する/逃れるという3つのアクションしかないと言えます。

一方で、義務の履行を誠実に行うことにより会社は「信用」を得ることができ、その結果、ヒトモノカネ情報等のリソースを得るための交換取引が容易になる側面があります。

そのため、特に法務担当者の立場からは、基本的に義務は無視したり逃れたりするものではなく、履行するものと捉えるべきで、その管理を行うのが仕事となって行きます。

 

そして、会社として義務履行を管理するためには、

 

➊会社が負っている義務を“把握”する

➋会社が負っている義務を“理解”する

➌義務の重さを“評価”し、義務の履行にどれほどのリソースを割くかを判断する

➍義務が履行されるよう運用を作る

➎義務の履行状況をチェックする

 

 

これら5つが適切に行われていなければなりません。

 

1.会社が負っている義務を“把握”する

義務履行の管理を行う上では、まず、会社としてどのような義務を負っているのかを“把握”しなければなりません。

具体的には、締結済の契約、作成済の社内規程の内容等から、誰に対しどのような義務を負っているのかを把握する必要がありますし、それに加えて、会社の有する地位、許認可、行っている行為(取引・アクション)によりどのような法令の規制を受け、それによりどのような義務を負っているのかも把握する必要があります。

こうした義務の把握のためにも、会社が現在どのような取引・アクションを行っていて、これからどのような取り組みを行おうとしているのか、「法律相談」等を通じて、法務担当者にしっかりと情報が集まって来る仕組みが必要になって来ます。

また、「契約書管理」をしっかりと行い、会社が契約上負っている義務を迅速に把握できるようにしておくことも重要です。

近年、契約書を電子データ化して管理する手法が浸透しつつありますが、会社の負っている義務の把握の迅速化・一覧化という観点からも、非常に有益だと感じています。

なお、法務担当者たるもの、法改正等の情報につぶさにアンテナを張っているものですが、これも、法改正等により義務の内容・条件が変わることが多々あるため、自社が法令により負っている“義務”を正確に把握することに繋がっていると言えます。

 

2.会社が負っている義務を“理解”する

義務を把握した後は、今度は、誰に対し/どのような条件で/何を行うor行わない義務を/いつまで負うかといった点について、その射程を理解しなければなりません。いわゆる、法解釈・条文解釈と呼ばれる領域になるかと思います。特に、官公庁が出す通達や資料、裁判例などが義務を“理解”する上での大きなヒントとなります。

 

3.義務の重さを“評価”し、義務の履行にどれほどのリソースを割くかを判断する

会社が負っている義務を把握し理解した後は、各義務の重さ(価値)を“評価”しなければなりません。義務一つを履行させるのにも、相応のコスト(教育コスト、人的コスト、外注コストetc.)がかかる以上、全ての義務の履行に際限なくコストをかけるということは出来ないからです。そのため、各義務の重さを、義務違反が会社にもたらすリスクの大きさ(影響力×頻度)に照らして“評価”した上で、各義務ごとに、「その履行にどれくらいのリソースを割くか」を判断する必要が出て来ます。

 

4.義務が履行されるよう運用を作る

会社が負っている義務を把握し理解し、各義務の履行のために充てるリソースを見積もった後は、各義務が社内できちんと履行されるための運用を作らなければなりません。いわゆる、「コンプライアンス関連業務」をイメージする方も多いと思いますが、法令により負う義務の他、契約書から生じる義務(わかりやすい例としては、競業避止義務、秘密情報の管理義務etc.)の履行のための運用作り、社内規程により会社が従業員に対して負う義務の履行のための運用作りなども必要となって来ます。

具体的にどのような運用を作るかという各論的な話は今回避けますが、大きな流れとしては、「各義務の履行のキーマンとなる社員に対し、当該義務を把握・理解させ(社内研修の実施、社内メルマガの送信やリーフレットの配布などで対応している企業が多いと思います)、当該義務の履行につき、当事者意識を持たせる」という形になるかと思います。

 

5.義務の履行状況をチェックする

会社が負っている義務が履行されるための運用を構築した後は、それが適切に機能しているかを継続的にチェックする必要があります。「内部監査」の一環として、コンプライアンスの点検・評価という形で、これを行っている企業も多いと思います。

 

終わりに

ここまで、(2) 義務履行の管理についてお話をして来ました。こうして見てみますと、義務履行の管理に必要なスキルとしては、概ね以下が挙げられます。

法令、契約書、社内規程等から義務を把握する力

(法律知識、法律情報リサーチ力、法的文書読解力)

把握した義務の射程を理解する力

(条文解釈力、法律情報リサーチ力)

・特定の義務の、社内における重さを評価する力

  (コミュニケーション力、ビジネス理解力)

法的素養のない社員に会社が負う義務を認識させ理解させる力

(法的事項を教える力)

義務履行に関心のない社員に当事者意識を植え付ける力

(仕組みを作る力、モチベーションを上げる力)

義務履行を怠った社員に適切に指導し、改めて当事者意識を植え付ける力

(コミュニケーション力、モチベーションを上げる力)

 

多くの法務担当者が無意識のうちにその必要性を認識しているスキルだと思いますが、なかなか求められるところは多そうです。

 

次回は、企業における、(3) 権利行使の管理について考えて行きたいと思います。

 

 

==========

本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

【筆者プロフィール】
齊藤 源久

大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。2014年より、企業の法務部門に特化した総合コンサルティング(組織構築・採用・IT導入)会社、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。法務担当者向けの研修の開発・実施、WEBメディアの編集、企業の法務部への転職エージェント業務、リーガルテック関連の新規事業策定などを担当している。これまで、入社前後の新人法務担当者のべ150名超にマンツーマンで研修を施した経験があり、感覚的・直感的に行われがちな法務業務を言語化・体系化し教えることに強い関心を有している。

 

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