『机上で論ずる企業法務』:第4回 法務の三大業務①~権利義務の取捨選択~

先人のやり方の踏襲・模倣・集積により帰納的に語られがちな『法務』。それゆえに、『法務』という概念は、多くの法務担当者の中で、どこか場当たり的で統一性がなく、全体像の見えない混沌とした概念になってしまっています。
本コラムでは、この『法務』の概念をシンプルに再定義した上で、新たなカテゴライズを施しながら個別の法務業務をマッピングし、“先例”ではなく“ロジック”による裏付けを元にした「法務の理想形」を追求していきます。

【過去記事】
・第1回 法務の理想形を語ろう
・第2回 「法務」を再定義する
・第3回 法務業務を分類する

法務担当者による「権利義務の取捨選択」

前回のコラムでは、法務業務が、

(1) 権利義務の取捨選択

(2) 義務履行の管理

(3) 権利行使の管理

の3つの類型に分類できるというお話をしました。

今回は、その中の「(1) 権利義務の取捨選択」という類型について考えて行こうと思います。

 

突然ですが、皆さんのご家庭で家計を握っている方はどなたでしょうか。ご本人、配偶者、お父さん、お母さんなど、様々なケースがあると思います。

KDDI調べによると、夫婦の家計管理においては、以下の割合で、財布の紐が握られているそうです。

・妻が一括管理:37.5%

・共同管理:30.0%

・夫が一括管理:14.8%

・特に決めていない17.8%

 

今回のテーマである、「(1) 権利義務の取捨選択」は、この“家計管理”の仕事にとても似ていると感じています。

 

前回のコラムでは、『会社は権利義務の集合体である』と繰り返し述べて来ました。

では、会社はどのような場面で「権利」や「義務」を新たに取得しているのでしょうか。

以下のように整理することが出来ます。

 

➊法令による権利義務:

→新たに法律要件に該当したとき

(新たな地位・許認可の取得、新たな行為の実行)

➋契約による権利義務:

→契約を締結したとき

➌社内規程による権利義務:

→社内規程が作成されたとき

 

そして、権利義務が会社を構成する重要な要素である以上、権利義務の新規取得の場面では、会社として「取得すべき権利」、「回避すべき義務」、「甘受すべき義務」を厳密に精査する必要があります

 

具体的には、会社として許認可の取得を検討する際には、許認可取得により法令上、会社にどのような権利が得られ、それと引き換えにどのような義務を負うことになり、その義務の履行の負担がどれほどなのかを踏まえた上で、許認可を取りにいくべきかを精査する必要がありますし、新規事業等の一環で今まで会社として行って来なかった行為(取引、アクション)を行う際も同様です。

 

社内規程を作成する際には、社内規程を作る目的から逆算して、会社として従業員に対してどのような権利を得るべきなのか、従業員定着に向けてどのような義務を甘受すべきかを精査する必要があります。

 

さらに、契約を締結する際には、会社として相手方からどのような権利を得たいか、取引を成立させる上で甘んじて負わなければならない義務はどのようなものか、その負担はいかほどかを精査する必要があります。

 

こうした業務が、私たちに耳馴染みのある言葉でいうところの、「新規事業周りの法律相談」や「社内規程作り」、「契約法務」に該当すると言えます。

 

これらの業務の意思決定プロセスは、一家の家計管理担当が物品を購入すべきか否かを意思決定するプロセスと非常に似ているように感じています。

 

家計管理担当は、家の中に何があり何が不足しているか、家にどのくらいのお金があり、出費の痛手はどれほどのものか、購入することでどれほどの恩恵があり、逆に維持コストがどのくらいかかるのか、購入しようとしているものが家庭内においてどのくらい必要なものかなどを元に、何を購入し、何を購入しないかを決定しています。

 

こうした意思決定は、購入しようとしている物の効能・コストを理解し、家庭の内情に照らし合わせながら、その家庭内における価値を評価するというものに他なりません。

 

権利義務の取捨選択の意思決定もこれと同様になります。

「①権利義務の発生を“把握”し、②権利義務の具体的な内容を“理解”し、③それらの権利義務の会社における価値を“評価”すること」

それが、権利義務の取捨選択を行う上での根幹となる要素です。

 

「権利義務の発生を“把握”する」という部分では、会社が~を行う際には●●法の規制を受けるといった、法律知識が必要になりますし、

 

「権利義務の具体的な内容を“理解”する」という部分では、法令や契約書、社内規程に書かれている内容(射程)を一定の解釈を加えながら理解する力、すなわち、法的素養が必要になります。

 

一方で、「権利義務の価値を“評価”する」という部分では、会社が成し遂げたいビジネスや会社の状況を踏まえ、手にしようとしている権利がどれほど重要なものなのか、相手方から負わせられる義務がどのくらいの重さの負担になるのかを理解する力、すなわち、ビジネス理解力が必要になります。

 

法務担当者に対し、ビジネス的な観点を求める求人が多いのも、「法務は現場とのコミュニケーションが大切」と言われることが多いのも、ひとえに、法務業務の中に、権利義務の社内における価値を“評価”するという側面があるがゆえだと考えています。

 

また、この権利義務を“評価”するというスキルこそが、社内にいる法務担当者だからこそ出せる仕事上のバリューとも言えます。

 

ここまで、(1)権利義務の取捨選択について、その内容、必要な知識・スキルといった観点から解説して来ました。

次回は、(2)義務履行の管理について考えて行こうと思います。

 

 

==========

本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。

 

【筆者プロフィール】
齊藤 源久

大型WEBメディアを運営するIT企業にて法務責任者、事業統括マネージャーを担当した後、行政書士事務所を開設。ビジネス法務顧問として、数十社のベンチャー企業の契約法務や新規事業周りの法務相談を担う。2014年より、企業の法務部門に特化した総合コンサルティング(組織構築・採用・IT導入)会社、株式会社More-Selectionsの専務取締役に就任。法務担当者向けの研修の開発・実施、WEBメディアの編集、企業の法務部への転職エージェント業務、リーガルテック関連の新規事業策定などを担当している。これまで、入社前後の新人法務担当者のべ150名超にマンツーマンで研修を施した経験があり、感覚的・直感的に行われがちな法務業務を言語化・体系化し教えることに強い関心を有している。

 

 

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