契約交渉時に考えるべき、契約違反時の損害賠償請求額の具体的なイメージ(前編)

このコラムでは、民間企業でのビジネス経験のある法務担当者が、企業法務の世界に関心のある方向けに、初めてでも分かりやすい内容に噛み砕いてノウハウを公開していきます。

はじめに

民間企業の法務担当者がカバーする領域は多岐にわたり、業務内容に応じて扱う法律も全く異なります。共通して言えることは、企業法務の仕事は、ビジネス上の利益獲得を実現するためにトラブルを未然に防ぐことが目的であるということです。

そのため、法務部員には営業職のような数値目標がありません。ゆえに成果がみえづらく、何をすれば企業の利益を守れるのかを常に考えていないと、頭でっかちなだけで実践的でないアドバイスや必要以上の事務負担をしてしまいがちです。

そこで、本コラムは、ビジネスの現場で法務担当者が本当に役立つためにはどうしたらいいかという視点でお伝えしていきます。

今回は、企業法務の主な仕事のひとつである「契約ドラフティング」をテーマに、その中でも比較的リスクを数値化しやすい、契約違反にもとづく損害賠償に関する条項について取り上げます。

 

損害賠償の規定では、【1】責任の範囲と【2】賠償額の上限を考える

契約のドラフティング業務では、ビジネスの内容に応じて相手方と必要な条件について合意できた内容を記載したり、相手方との交渉に法務的な観点で参加したりします。

語弊を恐れず平たく表現すると、「①5W2H(誰が、いつ、どこで、何を、何のために、どのように、いくらで)を明確にした取引内容を記載した上で、②自社のビジネス上の利益確保と重要なリスク排除のために必要な文言を記載する」ための一連の作業です。

 

そのうち、①の5W2H云々については、本コラムでは割愛します。業界や個別取引の内容によって全く異なりますし、論点が細かすぎるからです。②のビジネス上の利益確保につながる文言と重要なリスク排除は、損害賠償額の制限を加えることで半分以上達成できると言っても過言ではありません。

 

損害賠償の規定では、主に契約当事者による契約違反が起きた場合の①責任の範囲および②賠償額の上限を定めます。

英文契約では、概ねLimitation of Liabilityというタイトルの条文になっています。LOLと呼んだりします(英語で(笑)という意味のlol =laugh out loud ではありません)。

 

【1】 責任の範囲(X軸)
責任の範囲とは、契約違反による損害が生じたときの損害の範囲、種類のようなものです。

民法416条においては1項で通常損害、2項で特別損害があります。しかし、実際の契約では、これに限らず、さまざまな「範囲」が表現されることがあります。例えば、以下のような文言があります。

※因果関係について混み入った記載があるものや、「直接」と「現実」を組み合わせたりした表記ももちろんありますが、ややこしくなるので割愛します。

・直接損害
・現実に被った損害
・付随的損害
・間接損害
・派生的損害

 

これらは、いずれも日本の民法と完全一致しない概念です。英米の契約を日本語訳したものと思われ、上から順に、英米法における direct damages, actual damages incurred, indirect damages, incidental damages, consequential damages を源流として、日本企業同士の契約でも、準拠法が日本法でも、裁判管轄が日本の裁判所であっても、なぜか頻繁に使用される表現です。(それぞれについては米国法の判例や統一商事法典(UCC)の定めがあります。)

米国企業との契約では当然記載します。これらの文言について、現実的な態様としてよく見られる交渉結果は以下のような条件セットです。

 

◇直接損害、現実の損害は受け入れる

◇ 付随的損害、派生的損害(例:モノの納入においては代替品調達のために要した費用、検品・調査に要した費用、交通費、逸失利益、弁護士費用など) は除外する

◇ 故意重過失による損害は、範囲制限の除外対象から外す(=範囲に含める)

◇ 生命身体に重大な影響を及ぼす損害など法令で責任対象が明確になっているものには範囲制限を課さない

 

要するに、法令に反しない限り、実損ベースで、通常損害の範囲に近い形で責任を取るよう、損害の範囲を区切るということです。

これを損害賠償額のX軸とします。(詳しくは後編で解説します。)

 

【2】 賠償額の上限(Y軸)
賠償額の上限とは、文字通り金額の上限です。契約違反による損害が生じたとき、契約の相手方に対しお互いに(あるいは各当事者同士が)具体的にいくら請求可能であるかを合意するものです。決め方としては主に3パターンあります。

(ア) 実額の提示

(イ) 直近1年に対象物・サービスにおいて損害を発生させた側が受領した金額(簡単に言えば係争対象となっているモノ・サービス等についての直近売上1年分の額)

(ウ) 代替品などを支給可能な場合、その代替にかかるコスト

 

 

上記を組み合わせて、いずれかの大きい方とすることもあります。各損害の性質に応じて上限を設定することもあれば、いかなる損害についても総額いくらまで、と合意することもあります。

上限を定めること自体に合意できない場合は、そのリスクに見合う対価の引上げを要求する交渉へ発展することもあります。

責任の上限額を決定する要素とは何でしょうか。それは、対象となる契約=取引の、自社のビジネス上の位置づけです。例えばモノの売買における売主である場合、対象製品の自社の戦略上の位置づけ、売上規模、買い手との関係性(重要顧客かどうか、どこの国や地域の顧客か、取引歴等)によって、許容できる損害賠償額の上限額は変わります。

そのため、上限額を決めるにあたり、ビジネスサイドの意図を十分に汲み取り契約に落とし込むことが大変重要です。ここでは、自社の数字のボトムラインを把握すること及び相手方のボトムラインを探ることに最も神経を注ぐべきです。

 

これを損害賠償額のY軸とします。(詳しくは後編で解説します。)

 

後編へ続く

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本コラムは著者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラム内容を業務判断のために使用し発生する一切の損害等については責任を追いかねます。事業課題をご検討の際は、自己責任の下、業務内容に則して適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応下さい。

 

 

 

【筆者プロフィール】
高橋 ケン

慶應義塾大学卒。

大手メーカー法務部にて国際法務(日英契約業務を中心に、ビジネス構築、社内教育、組織再編、訴訟予防等)、外資系金融機関にて法人部門の企画・コンプライアンス・webマーケティング推進業務を経験。現在、大手ウェブ広告企業の法務担当者として、データビジネス最前線に携わる。

企業の内側で法務に携わることの付加価値とは何か?を常に問い続け、「評論家ぶらない」→「ビジネスの当事者になる」→「本当に役に立つ」法務担当者の姿を体現することを目指す。

シンプルに考えることが得意。

 

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